窓ぎわ橙の見える席で
結局、その日の夜は待てど暮らせど変人先生は現れなかった。
きっと仕事で残業になり、閉店時間に間に合わなかったのだろう。
レストランの外にあるランプ2つを消し、置き看板を片付け、のれんを外す。
外に出た時に念のためまた彼が道端に倒れていたりしたら困ると思って確認したけれど、そんな姿はどこにも無かった。
「今日は来なかったわね、先生」
「そういえば、そうですね」
「あの人の食べる姿、何気に私は好きなのよ〜」
「えー、どこがいいんですかぁ〜」
涼乃さんと空良ちゃんが楽しそうに会話しながら、閉店後の店内のテーブルを入念に拭いて回る。
私はホールでの涼乃さんと空良ちゃんの会話を背にして、明日の『本日の定食』のメニューを考案していた。
本来ならオーナーが定食の内容を決めるところらしいんだけど、私が来てからは「一流ホテルのレストランで働いてたんだから頼むよ!」とかなんとか言って、ほとんど任せきりだ。
要するに、面倒くさいらしい。
別に生姜焼き定食とか唐揚げ定食とか、そういう定食の規定にとらわれなくていいとい言われたので、任されてからは得意の洋食メニューにしている。
とは言っても老若男女に人気のありそうなグラタンとか、魚のムニエルとか、そんな程度だけれど。
本当は専門で作っていた本格的なフランス料理を出してみたいという気持ちもある。
でもそれは、このお店では必要とされていない。
あくまでみんなが知ってる、みんなが大好きな家庭料理のようなものがいいのだ。
明日は鶏もも肉のトマトソース煮込みにしよう。
明日の仕入れに必要な材料をサラサラとノートに書き込んでいく。
せっかくだからちゃんとしたハーブも入れたいけど、ここにはバジルとパセリくらいしかない。しかも粉末タイプのもの。
それで間に合わせるしかないか。
ブツブツ独り言をつぶやいていたら、レジの会計締めをしていたオーナーが顔を上げて私に話しかけてきた。
「そういやぁ、つぐみちゃん。昨日先生にプリン出してたけど、いつもとちょっと違う感じだったよね?」
「あ、クレームブリュレですか?」
「く、くれむ?」