窓ぎわ橙の見える席で

私だけが知っている



時刻にして23時半を過ぎた頃。


ラグジュアリーな落ち着いた雰囲気の部屋。
シンプルなインテリアは必要最低限のものしか置いておらず、照明は全て間接照明でぼんやりとした明るさ。
ここは私の部屋でもなければ、辺見くんの家でもない。


ラブホテルの部屋なのである。


その広くもない狭くもない洗面所で、使い切りタイプの小さな石けんを使って染み込んだピーチティーを落とすために服を洗っていた。
辺見くんの水色のシャツと、私のワンピースの上半身部分。
汚れた部分を水で濡らして、石けんをつけて軽く擦る。


流しっぱなしの水が渦巻いて排水口に吸い込まれていくのを目で追っていたが、ふと顔を上げて目の前の鏡を見た。
すっぴんの私。
そして、いかにもって感じの白いバスローブ。
この洗面所の扉を開けたら、きっとベッドか2人がけのソファーかなんかに辺見くんが座ってテレビを見ていることだろう。
それも私とお揃いのバスローブ姿で。


「何やってるのよ、私……」


思い返すこと1時間前。
大輝くんと藤枝さんの男女の修羅場ってやつをどうにか切り抜けた私たちは、藤枝さんによってぶちまけられた甘くて香りたつピーチティーで髪の毛と顔と服がびしょ濡れになり、そして私はそのせいでブラが透けた。


持っている上着といえば白い半袖のボレロだけど、ボタンはないので前を留められないし濡れた部分を隠すことも出来ない。
頼みの綱の辺見くんは暑くてジャケットを持ってきていないということで、どうにもならなくなったのだ。


タクシーで帰ろうとも思ったけれど、タクシーが行き交う大通りまでけっこう距離があるし、そこにたどり着くまでびしょ濡れの私たちは注目を浴びることになるのは目に見えている。
困り果てていたら、辺見くんくんが臆することなくあっさり誘ってきた。


「仕方ないからすぐそこのホテルに入る?」


私は動揺しまくり、それでも両手で身体を隠すようにして警戒しながら彼に確認した。


「ねぇ、辺見くん。……そのホテルがなんなのか分かってる?」

「うん、知ってるよ。ラブホテルだよね」

「なんにもしないって約束してよ!」

「約束する。………………たぶん」

「服を洗って乾かして、シャワー浴びるだけ!終わったら帰るから!いい?」

「うん、分かった。………………たぶん」

「そ、そのたぶんって言うのなんなのよ〜!!」


………………というやり取りのあと、私たちは一番近い場所にあるホテルへ入ったのだった。




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