窓ぎわ橙の見える席で
5 辺見甚という人と

過去から現在へ



夏のトキ食堂は忙しい。
なんせ、目の前が海なのだ。
海岸線沿いのお店は夏こそ最大の書き入れ時で、ひっきりなしにお客様が訪れる。
それは私にとってもありがたい忙しさだった。


何故なら辺見くんのことを考えずに済むからだ。


ランチは定食よりカレーライスより焼きそばより、冷やし中華と冷やしうどんが飛ぶように出る。
暑い夏に冷たい麺を食べたくなるのが人間の性、とでも言うくらい、来る人来る人みな冷やし中華と冷やしうどん。時々何故か熱々のラーメン。


暑さがほんの少し落ち着く夜に関しては、相変わらず定食が人気だけれど。
ここ最近は本当に女性客が増加し、こぞって定食を注文してガールズトークに花を咲かせて帰っていくパターンが多い。
どうやら定食のデザートが人気を博している模様。
考案している私としては嬉しい限りだ。


忙しいけど、充実した毎日を過ごしていた。


クタクタになるまで働いて、夜のラストオーダーギリギリに辺見くんが来店して定食を食べて行く。
そしてそのあと駐車場で私を待つというスタンスは変わらずに続いていた。
彼は学校は夏休みだけれど、毎日学校に来て生物部の活動を見守ったり、大好きな生物を思う存分堪能しているらしかった。


2人でホテルに行った日のことはお互いに話題に出すこともなく、8月ももう間もなく終わろうとしていた。


「豚ロースの香草焼き、ものすごく美味しかったよ。バジルの香りがいい感じに舌に残って、お肉とも合ってた。柚子のムースもさっぱりしていて、夏にピッタリだね」


いつものように、仕事終わりの私を車で迎えてくれた辺見くんが今日の定食の感想を聞かせてくれた。
彼は基本的に褒めることしかしない。
マズい時はマズいとハッキリ言うタイプだと自分では豪語しており、つまりは私の料理は美味しいと言いたいらしいのだ。


それで毎回、レポーターのような感想をくれる。


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