窓ぎわ橙の見える席で


仕事を終えた私は、街頭の明かりをたどってバス停に向かっていた。
海岸通りなので波の音もダイレクトに聞こえてくるし、涼しい肌寒いくらいの潮風が体を撫でる。
この景色とこの感覚。昔は当たり前だったのに、ここへ戻ってくるまで忘れていた。


12年の月日は、想像していたよりも長い。


頭の中はデザートのことでいっぱい。
不安よりもドキドキワクワク。新しい仕事を任せてもらえるというのは、いくつになっても嬉しいものだ。
正直、デザートは専門学校の授業で習ったくらいでそこまで知識はない。
でも基本的な技術は身につけているつもりだったし、手間のかからないレシピも知っている。
帰ったら、専門学校時代に作りためていたレシピブックを探して、デザートの案を練らないと。


あー、楽しい。
なによりも、このことをおばあちゃんに報告できるのが嬉しい。
直接じゃなくて仏壇の前で、だけど。


一瞬チクンと痛んだ心には気づかない振りをして、バス停の停留所のベンチに腰を下ろした。


周りには誰もいない。
家まで歩くと30分以上かかるし、かといって免許は持ってても車が無い。
坂道が多いから自転車もキツいし、そうなると必然的にバス通勤になるのだ。
このバスの路線は高校時代も使っていたから慣れている。


すると、道路の向こうからノロノロと青い車が近づいてきた。
夜遅いので車通りも減っていて、この時間帯に道路を走る車は逆にスピードを出している人が多い。
それなのに、こんなにトロい車って珍しいな。


何気なくその車を見ていたら、何故か私のいるバス停でハザードランプをつけて停車した。
暗くてよく見えないけれど、運転席に座っている男の人がこっちを見ているような……。


まさか、変態?


慌ててバッグで顔を隠していたら、バタンと車のドアの開閉音が聞こえてきた。
ザッザッザッと、靴を引きずるような音。
こちらに向かっているような………………。


身の危険を感じて、顔を隠したまま立ち上がる。
そして一目散に駆け出した。


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