窓ぎわ橙の見える席で
そして彼はゆっくりした動作で私の意思を確認するように、するすると身体に腕を滑り込ませて抱きしめてきた。
今思えば、彼にこれまで二度ほど抱きしめられたけれど、私が抱きしめ返すなんてことは一度も無かった。
変な照れはこの際捨てよう、と彼に身をゆだねて背中に手を回す。
再会したばかりの頃はガリガリだったはずの彼の身体は、細いけれど病的なものはもう無い。
これは私のお弁当のおかげなんだろうか。
「辺見くん…………恋愛には興味無いんじゃなかったの?」
彼の肩に顔を半分埋めたままで尋ねたら、辺見くんは即答した。
「それは今も無いよ」
「え……なにそれ」
「だって恋愛って、したいって思ってするものじゃないでしょ?気がついたら好きになってるんだから、その感情が生まれたら認めればいいだけ」
「よく分かんない」
「僕が言いたいのは、あなたは特別ってこと」
「特別?」
「そう。でなきゃ車のカーステ直したり、芳香剤つけたり、クッション用意したり、ドリンクホルダーつけたり、ボールペン買ってきたりしないよ?」
「あれって全部私のため?」
「当たり前でしょ」
少し拗ねた言い方になった彼の顔を見てみたくなり、体を離した。
ボサボサの前髪が邪魔で、鬱陶しそうに目を細めている。
その彼の前髪を指で少しかき分けたら、瞳がキラッと光った気がした。
辺見くんの顔が近づいてきて、ゆっくり唇が重なる。
だいぶご無沙汰になっていたキス。こんなに温かいものだっけと思ってしまった。