窓ぎわ橙の見える席で
「わたしはね、さっき渡した名刺にも書いてあるが小さな店をやっててね」
これで終わりかと思いきや、本宮さんは帰る気配無く話を続ける。
先ほど受け取った名刺をポケットからもう一度取り出して確認していると、隣から辺見くんが手元を覗き込んできた。
そして、ボソリとつぶやく。
「フレンチレストラン……」
「駅の北口を出て5分くらい歩いたところにある場所なんだがね」
「立地はいいですね」
「それなりに客もちゃんと入ってるよ」
「へぇ。宮間さん、今度行ってみようよ」
私を差し置いて話を進める辺見くんの腕を掴んで無言の圧力で黙らせる。
そんな私たちのやり取りを本宮さんは父のような眼差しで見届けたあと、
「宮間つぐみさん。君に興味があるんだ」
と言った。
「きょ、興味?」
「どうかな、今度の休みにでもちょっとうちの店に遊びに来ないか?そこで簡単なコース料理でも作ってみて欲しいな」
「わ、私が?どうしてですか?」
ポカンと口を開けたままの私に、辺見くんが諭すように耳打ちする。
「これって引き抜きってやつじゃないの?」
「ひっ、引き抜き!?」
恐れおののいて顔が引きつった私を見て、本宮さんはお腹を抱えて笑い出した。まだ気づいていなかったのか、とでも言いたげに。
「君さえ良ければ、ね。嫌なら即答で断ってくれてもいいんだよ」
「えーっと……嫌というか……」
「ほら、迷ってる。一度トキ食堂のオーナーともゆっくり話したいから、明日また来るよ」
「え!?オーナーと!?も、本宮さん、ちょっと待って……」
ちょっと待ってください、と言いたかったのに、本宮さんは素早く高級車に乗り込むと目にも止まらぬ速さで手を振り、ブーンと音を立てて走り去っていってしまった。
取り残された私は、辺見くんをチラリと見上げる。
「こんなの困るよ……」
「困るの?どうして?」
「だって私はトキ食堂の人間だしっ」
「今一度自分の道を考え直すいい機会だと思うけどなぁ。僕は大賛成」