窓ぎわ橙の見える席で
オーナーも本宮さんも、私が迷っていることにはとっくの昔に気がついているのだろう。
それでも答えを急かすことはなく、ただ静かに見守ってくれていた。
やがて、本宮さんがゆっくりとした口調で声をかけてきた。
「少し…………考える時間があった方がいいね。わたしは待っているから、その気になったらお店まで来て欲しい。君のフレンチを食べられる日が来るのを待っているよ」
「そうですね、答えは急がずに待ちましょう」
私が反応するよりも先にオーナーがうなずく。
この2人、顔は似ていないのに性格はちょっと似ているような気がするのだけれど。
飲食店を営む人の共通点なんだろうか、おおらかな性格というのは。
「煮えきらない態度を取ってしまって申し訳ありませんっ」
ゴンッ!とテーブルに額をぶつけながら謝ると、オヤジ2人はほぼ同時にガハガハ笑った。
気にすることないよ、と。
「つぐみちゃんの将来に関わることだもの。悩んでから決めるといいわ」
後ろから様子を見ていた涼乃さんがそんな温かい言葉をかけてくれたものだから、私の涙腺が緩みそうになって我慢した。
辺見くんの言う通りだ。
トキ食堂の人たちは、私の気持ちを尊重してくれている。
私の力を見抜いてフランス料理店を営む人が声をかけてくれたことを、たぶん喜んでくれているのだ。
トキ食堂から去ったとしても、怒るなんてことは絶対無い。むしろ寂しがってくれるに違いない。
その優しさにますます気持ちが揺れる思いがした。
もう30歳になるっていうのに、こんなに誰かに背中を押されることなんてあっただろうか。
それほど私は甘い人間なんだ。
自分の身の振り方は、責任をもって自分で決めなければならない。
そう思ったのだった。