窓ぎわ橙の見える席で
私はおばあちゃんが亡くなった後、すぐにホテルに退職したい旨を伝えた。
もちろん引き止められたし、お給料アップも検討すると言ってくれた。
しかしそれは私の意思を揺るがすほどのものではなかった。
数ヶ月の引継ぎを経て、ホテルを退職。
8年間、お風呂と寝るためだけに帰っていたアパートも引き払った。
そうして故郷に戻ってきた2ヶ月前。
実家に住み、毎朝おばあちゃんの仏壇の前に豪華な定食を作ってお供えするのが日課となり、一方で私は再就職が決まった。
東京の有名なホテルで調理師をやっていたということもあり、面接をした時点で採用。
新しい職場は、海沿いの道路にある地元の人たちが足しげく通う昔ながらの食堂だ。
本日の定食、カレーライス、オムライス、ナポリタン、ミートソース、とんかつ、ヒレカツ、うどん、そば、家庭的なのなんでもござれ。
定食につけるデザートはプリン一択。
しかもそのデザート、プリンの素で作れるやつ!これにはビックリしたけど、お店のオーナーがデザートにこだわりとかそういうのは皆無らしい。
誰もが聞き慣れた料理を少ない人数で作り上げる空間で働き始めて、1ヶ月。
地元の漁師のおじさんとか、昔よく遊んだ年下の美奈ちゃんとか、近所のおしゃべりなおばさんとか、地元に残っている同級生とか。
たぶん、私のことを知っている人とはひと通り会ったかな。
都会の喧騒に揉まれて疲れ切っていた日々を思い返すと、のんびりした田舎でもなく先進都市でもないちょうどいい緩さのこの街が、なんだか別世界のように思えた。
ここでの生活に慣れてきた頃。
私は、あの人を見つけた。