窓ぎわ橙の見える席で
その日の夜。
辺見くんがお店にやって来た。
閉店時間より1時間前の20時に。
しかも、生徒を連れて。
しかも、女の子を。
「こんばんは〜」
辺見くんはそう言いながらガラガラと食堂の扉を開けて入ってきた。
お腹に力のこもっていない、物静かな挨拶。
店内にはパラパラとお客様はいるものの、ピークは過ぎたあとなので声はよく聞こえた。
「いらっしゃい、先生。…………って、あらまぁ!可愛い女の子連れてるじゃないの!」
涼乃さんの驚愕したような嬉しそうな声を聞いて、厨房にいたオーナーがホールへ飛び出していくのが見えた。
思わず私までカウンターから身を乗り出す。
そこには涼乃さんが空良ちゃんと顔を見合わせてきゃあきゃあ言っている姿と、後ろでニヤニヤしているオーナー。
そして、入口で困ったように顔をうつむかせる女子生徒と辺見くんがいた。
海明高校の制服を着ているから、教え子のようだ。
「定食2つ、お願いします」
「あいよ〜!つぐみちゃん、定食2つ〜!」
「は、はいっ」
辺見くんから注文を受けて、元気よくオーナーが私に向かって繰り返す。
その顔はニヤついたままだ。
彼らは窓ぎわのテーブル席に座って、何かを話しているようだった。
ほぉぉぉ〜、辺見くんったら。
あんなに可愛い女子生徒連れちゃって。
一体なんの補習してたのかしらね〜ぇ、なんてね。
余計なことを妄想しながら、手早く調理に取り掛かる。
とは言っても、しっかり仕込んでおいた鶏もも肉を準備していたトマトソースで煮込むだけ。
その間にサラダを盛り付け、野菜たっぷりのコンソメスープを温める。
デザートは……っと。そうだ。
来週からのデザートの試作品を作ったから、辺見くんに出してみようか。
紅茶のパウンドケーキ。