窓ぎわ橙の見える席で


「お疲れ様でした〜」


と声をかけ合い、それぞれ解散した。
オーナー夫妻は一台の車で、空良ちゃんはは原付バイクで、私は徒歩でバス停まで。
いつもよりもいくらか重いタッパーが入った紙袋を下げて、ゆっくりした足取りでバス停へ向かう。


歩きながら、そりゃそうだよね、と自分に言い聞かせていた。


辺見くんはいなかった。
私なんかを待っているわけもないのだ。
今までのは偶然見かけたり、謝るために待っていたりとかそんなことがキッカケだった。
今日はそういうのも何も無いわけで、待つ必要も無い。
彼は彼の時間があり、仕事による疲労も蓄積しているから一刻も早く家に帰って休んだ方がいいに決まっている。


なんでこんなにまかない料理を持ってきたのかな〜、と若干後悔した。
それこそ宮間家の明日の朝食のおかずとして家族で食べればいいのか。


潮風が夜風となって身体の脇を吹き抜ける。
ちょっと湿っぽい風は、間もなく訪れる梅雨を予感させた。
湿気を含んだ潮風が髪の毛をうねらせることとか、肌をベタつかせることとか、久しぶりに思い出すことが出来た。


8年帰らなかっただけで、当たり前だった風景が懐かしくなるものなんだなと実感する。


ポツポツ等間隔に設置されている外灯を辿ってバス停に到着すると、2人の恋人同士と思しき男女が先にベンチに座ってバスを待っていた。
今日は立ってバスを待とうか。
そんなことを考えながら腕時計を確認しようとしたら、バス停に一台の車が停まったのが見えた。


その車は見覚えがある。
辺見くんの車だ。


それに気づいた途端、妙に胸がザワザワした。


< 63 / 183 >

この作品をシェア

pagetop