窓ぎわ橙の見える席で
━━━━━で、結局。
いつものごとく、私は辺見くんの車の助手席に座っている。
家まで送ってくれるというので、バスももう1時間に1本しか来ないから甘えることにした。
この間はカーステレオが直っていたと思ったら、今度はほんのり柑橘系の爽やかな香りがする芳香剤が設置してあった。
「いい香り〜」
「シトラスの香りなんだって。どう?匂いキツくない?」
「なんとなく香る感じで好きだな〜」
かろうじて清潔感の感じられた白衣を脱いだ辺見くんは、元通りの微妙なボロ服に身を包んだ男になった。
シトラスの爽やかで鼻を通り抜ける香りには相応しくない、ちょっと残念な風貌。
しかし本人は私がシトラスの香りを褒めたことで気を良くしたのか、なんだか嬉しそうな顔をしていた。
ひとまず私が気になるのは芳香剤よりも彼の体調の方だ。
「中間試験終わってもまだ忙しいの?」
「採点期間があったり、生徒それぞれの苦手分野の分析をしてたから遅くなったんだけどね。それも今日で終わったよ」
「……ねぇ、今までの食事はどうしてたの?やっぱりご飯と味噌?」
「んー、それにプラスして牛乳飲んでバター食べたりしたかなぁ」
「バ、バターを食べる!?」
ギョッとして目を見開くと、私のその反応が面白かったのか辺見くんはケラケラ笑っていた。
「平気平気、ほら、生きてるでしょ?…………まぁ、時々頭がクラクラしたり、貧血で倒れたりもしたけどね」
「辺見くん…………そのうちポックリ死んじゃうよ。孤独死しちゃうよ」
「大丈夫。猫と暮らしてるから、孤独死にはならない」
「だーかーらっ!問題はそこじゃないでしょ、話広げないで!」
どうしてこの男はこうやって心配してくれる人に対して、のらりくらりとした回答しか出来ないのか!
偏屈な上に偏食って笑えないわ。