窓ぎわ橙の見える席で
そこでハタと顔を見つめたまま、私の視線は止まった。
彼は痩せた顔を私に向けて、キョトンと目を丸くしている。
「あのー、僕の顔に何かついてます?」
「あぁ、いえいえ、そういうわけでは……」
否定し切らないうちに、またしても考え込む。
「つぐみさん、先生のこと知ってるの?」
空良ちゃんが不思議そうに私に問いかけてくるけど、それはどうにも答えようがない。
知ってるような、知らないような。
でも、この人の顔…………、どこかで見たことがあるような………………。
「どこかで会ったことありませんかね、私たち」
「うーん、初対面だと思いますが……」
「見たことある気がするんです」
「はぁ……」
先生と呼ばれているその男は、曖昧に笑みを浮かべてポリポリと頬をかいた。
その仕草も見たことがあるような気がしてならない。
「あ、分かった!つぐみちゃん、先生に一目惚れでもしたんじゃないのかい?先生、確か独身だったよね?どうかな、うちの料理人のつぐみちゃんは?」
勝手に勘違いしたオーナーが余計なお節介を焼き始める。
お世辞にも容姿で褒めるところが見当たらないこの男に、どうやったら一目惚れをするんだか。オーナーの目は節穴である。
すぐさま私が止めに入ろうとしたら、穏やかな口調で男がサラリと遮った。
「僕は独身ですが恋愛には興味ありませんので、申し訳ありません。あ、猫にエサをやらねはならない時間ですので帰ります。今日は本当に助かりました。明日、間に合ったらまた来ます」
彼はボロのリュックから二つ折りの革のお財布を取り出し、そこから850円を取り出すと涼乃さんに渡した。
そしてまたしても深々と頭を下げると、お腹が満たされたからなのかさっきとは別人のように軽い足取りでお店を出ていった。
「先生、あの見た目だもん……。モテないだろうな…………、可哀想に……」
ボソッと哀れむようにつぶやいた空良ちゃんの言葉は、リアルな10代女子の意見を投影しているみたいだった。
私だって嫌です、あんな人は。もっと清潔感があって爽やかな人がいいです。
こうして、『先生』は私と本当に会ったことがあるのかどうかも思い出せないまま、この日は終わった。