窓ぎわ橙の見える席で
それから私と辺見くんは夕方から始まる洋画を観た。
内容はくたびれた中年の男性が主人公で、奥さんも子供いなくて一人ぼっちだった彼は認知症の母親を預けている介護施設に通う日々を送っていたが、その施設に介助犬が遊びに来たことをキッカケに犬を飼い、生きる意味を見出していくというなかなかのほっこり映画だった。
アラサーになってかというもの、赤ちゃんだとか動物などの感動系を見るとちょいちょい泣くようになった私は当然のように今回の映画でも涙した。
だって毎回ちょうどいいタイミングで犬のマイクが主人公のおじさんに寄り添うんだもの。
まんまと制作側の意図にはまり、ハンカチを握りしめる私だった。
泣いている私に隣から黒っぽいハンカチを差し出してくれた辺見くんに「大丈夫」と伝えたあとそのハンカチを見たら、これまたシワのついたあまり清潔そうとは言えない空気を漂わせている。
感動している最中なのにそのハンカチを指先で弾いて突き返したら、彼はニンマリ笑うのだった。
「アイロンかけてないだけだよ、ちゃんと洗濯してるよ」
「ちゃんとアイロンかけなさいよ。汚く見えるんですけど」
「でもハンカチをちゃんと持ち歩いてるなんて見直したでしょ?」
「アイロンかけてくれればね」
「じゃあ次からはティッシュを差し出すよ」
涙が引っ込んで感動も薄れたので、ヤツの肩を肘で強めに小突いてやった。
「イテッ」と身を縮こませた辺見くんが小さな悲鳴を上げると、後ろからわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
どうやら私たちの会話がうるさいらしく、若い男女がこちらを睨んでいた。
すみません、と小声で謝ってから、辺見くんのスネを蹴ってやった。
今度は彼は悲鳴を上げることなく、代わりにヘラッと笑っていた。
この人に常識は通用しないのかしら。
呆れてため息をついた。