ルート学園

 ポーン! と半分壊れかけたかのように半音しかならないチャイム音が狭い部屋の中に響く。

 はーい、と台所に立って返事をするお母さんに「私でるよ」と答えて、薄い板を貼り付けただけの引き戸に手をかける。

 立付けが悪くなかなかずらない戸を「フンッ」と色気のない掛け声をあげながら開けば、そこには見ず知らずの2人組が立っていた。

 紺色のスーツをビシッと着こなし、無表情に近い顔の男性。そしてその前に仁王立ちしていたのはまだあどけなさの残る笑顔を携えた少女。

 
「えっと、どちら様・・・・・・ですか?」

 2人を交互に皆が瞳を瞬かせそう尋ねる私に、少女の方が「こんにちは」と笑みを深くさせる。

「こんにち、は?」

 え、誰? 誰だこの2人。

「あの・・・・・・?」

「ああ、御紹介が遅れました。私(わたくし)ルートプロダクションという芸能関係の事務所を経営しております、阿蘇日和、と言います」

「あそ、ひより・・・・・・さん?」

 差し伸べられた少女の手をゆっくり掴んで握手を交わす。

「こっちの男は私の秘書の茶々しゅうたろう」

「よろしくお願いいたします」

 深々と下げられた頭に、私も「は、はい」とどもった返事を返しながら小さく会釈を返した。

 自己紹介されたけど聞きなれない2人の名前。やっぱり知り合いじゃないみたい。というか芸能プロダクションの社長? この女の子が?

「えっと・・・・・・不躾で申し訳ありませんけど今日はどういった御要件で・・・・・・?」

「ああ、これは失礼しました。今日伺ったのは山梨ほのかさんにお会いしたくて」

「山梨ほのかは私ですが・・・・・・」

 私に何か? と首を傾げれば、彼女が何故か驚いたように目を見開く。

 な、なに? なんでそんな顔すんのよ。

 訝しげに「あのぉ・・・・・・?」と続ければ、彼女は「失礼」と咳払いをしたのち薄紅色のコートの袖から1通の手紙を取り出す。

「この手紙を」

「手紙・・・・・・?」

 おずおずと受け取り、封をあけ中を確認する。中には白い紙が1枚収められているだけだった。

 それを取り出し広げてみると、そこにはただ一言

「話が、ある。から、今すぐ、こ、い?」

 とだけ書かれていた。他には何も書かれていない、ただ、その一言のみ。

 封筒の方も見てみるけど、差出人さえも明記されていない。一体なんなのこれ。
 いきなり来いって、しかも手紙で? いや、これは手紙じゃないわね、ただのメモみたいな紙切れ1枚で来いってなんなの。

「あの、これなんなんですか?」

 眉をしかめながら文面を彼女へと向ける。すると「え?」と不思議そうな表情を見せながら手紙へと顔をよせた。

「っのクソガキ!」

 愛らしい顔がみるみる歪められ、舌打ちと共にポロリと零れた悪態。

「茶々」

「はい、社長」

「お前、もうちょっと気のきいた文が書けないのか?」

「と、申しますと」

「僕は誘い文句を書けと言ったんだ。これのどこが誘い文句なんだ。ああ?」

 先程までの雰囲気とは打って変わって荒々しい口調に変わった彼女が私の手からひったくる様に手紙をとると、バシン! と小気味よい音と共に隣に控えていた男性の顔へと押し付ける。

「これのどーこーが誘い文句だって? こんな命令口調で女性がホイホイ付いてくると思ってんのかこの世間知らず!」

 暫くグリグリと男性の顔に押し付けたあと、ぐちゃぐちゃになった手紙(だったもの)を握り潰す。そしてそのままくるりと私の方へ踵を返すと、驚きに固まった私の手を掴んできた。

 
「とりあえず、来てもらっていい? 話があるってのは本当だし」

「えっ、え、ええっ、ちょっと!?」

 そのままグイグイ引っ張って私を家の外へと連れ出そうとする彼女に、私は悲鳴にも似た声をあげる。

 その声に気が付いたのか、夕飯の支度をしていた母が「どうしたの?」と顔を覗かせた。

「お母さんこの人がいきなりっ・・・・・・」

 私を拐おうとする、と言いかけた言葉は、彼女に口を塞がれることで阻止されてしまう。

「んっ!?(ちょっ、何すんのよ!?)」

「あ、お母様ですか? 私阿蘇と申します。ちょーっとほのかちゃんとお話したいんですがいいですか? いいですよね? ありがとう!!」

 はぁ!?

 畳み掛ける様にそれだけいうと、力任せに手を引っ張られ外へと連れ出されてしまった。

 カンカンッと錆に錆びた階段を落ちる様に駆け下りていく。階段を降りた先には黒塗りの見るからにヤ〇ザちっくな車が停まっていた。その後部座席に押し込まれるように乗せられると、私の隣りに彼女が身体を滑り込ませて「出せ」と運転席へと座った秘書の男性へ命令する。

 ゆっくり走り出した車の中で、私は軽くパニックを起こしながら遠くなっていく我が家を見送るしかなかった___。
 









 どれくらい走っただろうか。大きなビルが建ち並ぶ街を走り抜け、沢山の木々が並ぶ森の中へ入ったと思ったら次に現れたのは・・・・・・。

「降りて」

 ブレーキの音を響かせて車が停止する。停ると同時に、さっさと降りた阿蘇さんが車の外から手を伸ばしてくる。

 その手に助けを借りつつ車から降りると、でんっと音が聞こえそうな程大きくそびえ立つ建物が視界全体に飛び込んだ。

「ここは・・・・・・?」

 そう訊ねる私の言葉に「付いてきて」と素っ気ない返事が返ってくる。

「あ、あのねえ。私は無理矢理連れてこれたのよ。説明ぐらいしてくれたって・・・・・・」

「わかってるって。とりあえず僕の部屋で話そう」

 そう言って自分より頭3個4個も高い門の前へと立つ。門の横の煉瓦造りの塀のに備え付けられたインターフォンの様な機械へ掌をかざせば、ギギギと重い音をたて門が横へ滑っていく。

「コーヒーでも飲みながら。その方がゆっくり話できるだろ?」

「そりゃ、そう、かもしれないけど・・・・・・」

 じゃあほら、早く付いてきて。と
門をくぐり中へと入っていった阿蘇さんの背中を軽く睨みつける。

「なによあの態度」

 でも、ここがどこかわからない今は彼女についていくしかない、か・・・・・・。

 はあ、と小さく息をついた後、私も門をくぐり彼女の後へと足を進めた___。




 

  
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