このままキミと朝まで愛し合いたい
再会

どうする?



「どうする?」


見慣れない装飾、薄暗い部屋。

肩に置かれた藤咲の手。


「あ…えっと…さ、先に入っててくれないかな?」


「先に?うん、わかった。」


藤咲の手が離れると、肩には熱さだけが残った。

自分から蒔いたタネなのに、全く足が動かない。


ジャケットを脱ぐ後ろ姿、

あの頃から、一回り身体が大きくなったように見える。


Tシャツからのぞく焼けた腕。

なんでそんなに逞しくなってるの?


私は未だにこんななのに、藤咲はたった5年で変わりすぎだよ。


あまりにも男らしすぎる後ろ姿を目の当たりにして、この状況。

酔った身体も一気に冷める。


「じゃ、お先に。」


パリッとした布団の中に、藤咲が足を滑り込ますと、ベッドが小さく軋む。


その様子を黙って見ていると、藤咲と目が合った。

口角をヒュッと上げて、布団をポンポンと叩く。



あ…それって、来いってこと…?

無理だ、全身ガチガチで全く足が出ないもん。


「あ、お構いなく。
じ、自分のタイミングで行くんで。」


言ったあと、びっくりするほど鼻から息を吐いた。

どうも息をしていなかったらしい。


「そっか。
なら、どうしたい?
とりあえず、俺はここにいるからさ。夏川の…あ、いや、夏川様のタイミングで次の指示を出してください…な?」


ベッドに横たわった藤咲が、私の方に腕を伸ばす。

な、夏川様って…あ、あそうか、まあ、そうなるか…。


「夏川でいいよ。敬語もいらないし。」


それより、どうしたいかのレパートリーがない私に、この質問は辛すぎる。


「じゃあ、こうしてほしいとか、どんどん言ってくれよな?
経験豊富なんだろ?
だったら一番すげーやつ言ってみろよ、俺それ やってやっから。」


「あ、ああ、一番すげーやつね。えっと…あの時のやつかなー。それとも、あれかなー。」


一番すげーやつもなにも、ほんとはなんにもないのにどうしたら…。


悩んでるフリして、ちらっと藤咲を見た。


わ、わ、わ…
もー、藤咲頼むよー…。


それ以上、私に男を見せつけないで。
昔と全然違うんだもん。

身体がツーンとなって、脳みそが爆発しそうになる。

私、お酒飲み過ぎて、きっとおかしくなったんだ。


「なあ。」

ビクッとなって、10本の指がピーンと伸びる。


「えっ?あ、うん?なに?」


「俺、お前から金もらっちゃったし、ちゃんとやるからさ、なんでも言えよ。」


「わ、わかってるよ!今考えてるの!
い、いろいろやりたいことがありすぎて、なかなか選べないの!」


「そっか…経験豊富なお前のおメガネにかなうかわかんねーけど、俺にできるだけのことはするからさ。」


あー、参った…。


売り言葉に買い言葉。
あんなこと言わなきゃ良かった。


あの頃より、数段カッコ良くなってる藤咲。

ばったり会っても最初全然分かんなくて、
それなのに私は、未だあの頃と同じ地味だから…
だから、すぐにわかったんだよね?




『久しぶり。せっかくだから、飲みに行こうよ。』

言われて嬉しかったけど、並んで歩けば全く釣り合ってないのがわかった。


これじゃきっと、昔みたいにバカにされる。


クラス委員を一緒にやってたことが、藤咲との唯一の接点。


勉強しか能がない、頭でっかちの私は、ずっとからかわれてばっかりで、
あの頃は、藤咲のことがすごく嫌だった。


でも…
卒業して、からかわれなくなったときに、すごく寂しくて寂しくて、


結局、ずっと藤咲のことを好きだったって、気づいたときには遅すぎて。



卒業式以来の再会。

頭でっかちの私は、いい女ぶりたくて、行ったこともない場所を口にする。



『六本木ならいいけど。』

藤咲の驚いた顔。

よし、これなら、からかわれないよね。
もしかして、すげーって言われるかな?


『いいねー。じゃ、俺の行きつけでいい?』


なに?行きつけあるの?
めちゃくちゃ頑張って言ったのに。
悔しい!
もうこうなったら、めちゃくちゃいい女ぶって飲んでやる!



『夏川、飲めんの?』


『当たり前でしょ。』


いい女は、スマートに飲めるイメージ。
間髪入れずに、ガンガン飲んだ。


で、当たり前に泥酔。


飲めないお酒を無理やり飲んだから、タガが外れて、とんでもないことを口走ってしまった。


『卒業してからモテ過ぎて、男に不自由したことなんかないの!
もう私、一気に経験豊富になっちゃってー…


からの記憶がない。


それで今、藤咲とこうなってる。


「酔ってあちーから、Tシャツ脱いでいい?」


藤咲が、身体をおこしてTシャツの裾に手をかけた。


ただでさえいろいろ見えているのに、これ以上見たら、どこを見ていいのかもわからない。


「あっ、あっ、ちょ、ちょっと、待ってよ。
こういうのって、脱…がすのが、い、いいんだよね。」


藤咲の手が止まり、私を見た。



「な、なによ?」


「…ふーん…いいじゃん。」


う、うあーー!
なんてこと言っちゃったんだ!

バカバカ私!

頭でっかちもたいがいに…しなきゃ…もう、ほんとにどうすんのよ。


藤咲が、「なんでも屋」をしてるって言ったことは覚えてる。

でも、その後の記憶がさっぱりない。



藤咲が言うには、

『なんでも屋だったら、なんでもしてくれるのよね?
だったら、一緒に寝ようよ。
さすがに、そんな仕事はやらないか。』


って言ったって…。
私がそんなこと…言ったって。

覚えてない。

で、次に意識がはっきりしたのが、煌びやかな入り口前。

テーマパークのごとき飾り付けの前で、藤咲が言った。


『夏川の仕事、受けるよ。』


『えっ?』


『お前と寝る。』


ま、ま、ま、マジでかー?
どうすんの?どうしたらいいの?

頭の中で、ちっちゃい私が右往左往している。


なのに、なのによ?
頭でっかちの唇が、


『あ、ああ、じゃ、寝る?
はい、これ。
なんでも屋なんだから、なんでもしてよね?』

とか言っちゃってるー!

藤咲は、お金を掴んでポケットに突っ込むと、私の肩を抱いてテーマパークの中へ向った。

ブーンとドアが開いて、
踏み出す足は、まさに国境を乗り越えるかのよう。

経験豊富な女を演じちゃってる手前、なんだかもう、ヤケクソ。


で…

付き合ってもいない人と、初めて入ってしまった、そういう場所!

肩を抱くのも慣れた感じの藤咲を前にして、ガッチガチに怖気付く、まっしろしろの、未経験な私。


こうなったら、気づかれちゃいけない。
気づかれたら、またからかわれる。


スーッと息を吸って
フーッとながく息を吐いた。


見慣れない装飾に、薄暗い部屋。

深呼吸したって、上半身は酔いが残ってめちゃくちゃ火照ってる。

けれども足は、すっごく冷たい。



「なあ、そろそろ来いよ。」

私は、もう一度深呼吸した。





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