このままキミと朝まで愛し合いたい
『いいよ、ばあちゃん。
夏川が、自分から「好き」って言いたくなるヤツを見つけられるように、俺、協力するから。
でもどうしたら、そんなヤツを見つけられんのかわかんねーけど。』
ばあちゃんは、なんだか楽しそうにオホホって笑った。
『藤咲くんがそばにいてくれたら、きっと見つかるわよ。おばあちゃん、楽しみにしてるわ。』
『俺がそばにいりゃいいの?喧嘩ばっかりだぜ?』
『そうね。おばあちゃんも、おじいちゃんと喧嘩ばっかりだったわよ。』
ばあちゃんのまんまるの目が、くしゃっと細くなる。
夏川の笑顔にそっくりだ。
『ん?なんで、ばあちゃんの話になるんだよ?』
『あら、そんな話したかしら?』
『おいおい、ばあちゃん、大丈夫かよ?』
『藤咲くんと話すと楽しいわ。ぜひまた千尋ちゃんに内緒でおいでなさいね。』
そうしてばあちゃんと気があった俺は、夏川には内緒で、何度も会いに行くようになった。
高3、冬。
『千尋ちゃん、誰か好きな人、出来たかしら?ここに来ても、そういう話は一切していかないから。』
『うーん、相変わらず勉強ばっかり。受験が終わるまでは、きっと無理だよ、ばあちゃん。』
俺は、ばあちゃんの布団を直しながら答える。
『じゃあ、受験が終わったら、千尋ちゃんは気付くかしら。』
『何に?』
『ずっと見ていてくれてる人がいたって。』
『何の話?』
『あら、何の話をしてたかしら?』
『おいおい、ばあちゃん、大丈夫かよ?疲れたんじゃねーか?もう横になれよ。』
ばあちゃんは、オホホって笑いながら横になる。
俺は、ばあちゃんの布団を掛けなおして、病室を後にした。
3月、高校卒業。
受験が終わっても、夏川は何も変わらなかった。
変わったのは俺の方。
夏川と離れて、自分の気持ちがはっきり見えた。
あいつのことが、好きなんだって。
ばあちゃんに言われたからそばにいたんじゃない、俺が、夏川のそばにいたかったんだって。
そうと気づいたときにはもう遅く、夏川は、俺の手の届かないところへ行ってしまった。
日本トップレベルのK大生 夏川と浪人の俺。
あんなにそばにいたのに、今では物凄い差がついてしまった。
好きだと気付けば、会うのも怖くなる。
まして自分は嫌われてるし、格も違いすぎる。
目標もない、自信もない俺が、夏川の恋の手助けなんて できる状況じゃなかった。
そうなると、ばあちゃんに会うのも後ろめたくて、浪人中は病院に顔を出せずにいた。
次の年の春、大学合格。
ようやく自信を取り戻し、俺なりの目標も決まった。
よし、ばあちゃんに会いに行こう。
しかし、時すでに遅し。
ばあちゃんの姿は、もうどこにもなかった。
約束、ちゃんと守るから。
春の雨に誓った。
大学では、とにかく勉強した。
あの頃の夏川みたいに、俺にも目標があったから。
遊ばなくても恋なんかしなくても、全然苦じゃなかった。
あの頃のバカな俺に言ってやりたい気分だよ。
目標があるってことは、やりたいことがあるってことは、人の芯を太く強くするんだってことを。
俺が夏川に惹かれたのは、ほかの誰にも感じなかった「信念に基づく強さ」を感じたからだろう。
あの頃の俺には、周りの評価や嫌な言葉を気にもせず、凛として前へ進んでいく夏川が眩しく見えた。
俺も、そうありたいと思った。
大学卒業、就職。
これでやっと、夏川と同じ土俵に立てた気がする。
後は、ばあちゃんとの約束を果たすだけだ。
今の俺なら、夏川の恋も応援できる気がするから。
「だから俺、昨日 夏川んとこに行ったんだよ。
ずっと前から、この日に行くって決めていたから。」
ドキドキが加速する。
ああ、そういうことか…。
これは、偶然なんかじゃなかったんだね。
おばあちゃん、ありがとう。
おかげで、藤咲にもう一度会うことができたよ。
だって昨日は…
おばあちゃんの命日だったのだから。