このままキミと朝まで愛し合いたい
化けの皮、はがれる
「そ、そうね。普通じゃつまんないし。」
私は、藤咲から身体を離して後ろを向いた。
目の奥が熱い。
藤咲の笑い声が、胸に突き刺さる。
「私、帰るね。藤咲と…寝るのはやめる。気が変わったの。」
ベットの縁に手をかけて、ゆっくり立ち上がると、よろよろ歩きはじめた。
「終電ないよ。」
「歩いて帰る。」
「夏川んちがどこかしらねーけど、深夜に歩くのはあぶねーって。」
「大丈夫、男なら慣れてるから。」
近くの壁に手をついて、フーッと息を吐く。
動くとやっぱり気持ちが悪い。
ドアまでが、こんなに遠いと思わなかった。
「男に慣れてても、力じゃかなわねーだろ?」
「そしたら、そのとき考える。」
「その時じゃおせーだろ?」
「しょうがないでしょ、男が寄ってくるんだもん。」
言ってることがめちゃくちゃだ。
いい女どころか、これじゃただの遊び人じゃない?
もういい、とにかく早く藤咲の前からいなくなりたい。
椅子に置いたカバンを手に取り、ドアに向かって歩き出す。
「なあ…お前、まだフラフラじゃん。それなのに、なんで俺に頼んないんだよ?」
「藤咲に頼る?」
「高校んときもそうだったけどさ、一緒に委員やってても、全然俺に頼んねーし。」
「だって藤咲は、私のことをからかってばかりだったでしょ。そんなやつ、頼れるわけないじゃん。何言われるかわかんないし。」
「でも今は俺、なんでも屋だぞ。」
「知ってる。」
「お客様の言う通りに、ちゃんと仕事するぜ?今のお客は夏川なんだから、言ってくれれば、送迎だってしてやんのに。」
「いらない。」
「じゃ、タクシー止めてやろうか?」
「そんなの自分でできる。それより、ここの部屋代…。」
やっと辿り着いたドアの前、フーッと息を吐き、バックを開けた。
下を向く私の頭に、コツンと何かが触れる。
…なに?
顔を上げると、私の目の前にお札が見えた。
「返す。」
背後から聞こえる声にドキンとして振り向くと、すぐ後ろに藤咲が立っていた。
「返すよ。これあれば、家までタクシー乗れんだろ?」
「そ、そうはいかないよ。これは私が、藤咲の時間を買った代金だもん。」
藤咲は、尚もお札を突き出した。
「俺…なんもしてねーじゃん。だから、返す。」
「いらないから。」
「返すよ。」
「いいって。もう行くから。だったらそれで、ここのお金払ってください。」
私は、前を向きドアノブに手をかける。
「ちょっと待てよ夏川!まだ話は終わってねーだろ?」
藤咲は、私の肩を掴んで振り向かせ、そのままドアに押し付ける。
肩を掴む藤咲の手が痛い。
「こっち向けよ、夏川。」
私は嫌だと首を振った。
「藤咲、離して、帰る。」
「うるせーよ、お前が俺にちゃんと仕事をさせねーからだ。」
「だって気が…
「変わってねーよ、俺は!」
…えっ?
藤咲は、私を抱き上げると、ベットに向かって歩いていく。
「藤咲?藤咲!おろして、藤咲っ!!」
バタバタ暴れる私を、藤咲はベットに下ろしながら、私の上に覆いかぶさった。
押さえ込まれて動けない。
重いっ! 熱いっ!
「藤咲!藤咲ってば!」
藤咲を身体から離そうと、両手でグッと押し上げる。
「藤咲!藤咲っ!」
「っんだよ、うっせーな!」
藤咲は、私の両手首を掴んで引き離し、ベットに押し付ける。
「痛い!やだ、離してよ、藤咲!藤咲ってば!」
藤咲の上半身が少しだけ離れて、私を至近距離で見下ろした。
「イヤだ。
金を受け取らねーなら、料金分は働かせてもらうから。」
藤咲は、私の耳元に唇を寄せ、低く囁いた。
「俺だってちゃんと、お前を喜ばせてやる。」
「ふ、藤咲?」
…えっ、な、なに?息が、や、や…あっ…
藤咲が、私の耳を噛んだ。
脳みそのスイッチが吹っ飛んで、頭をブンブン振った。
「…や、やだやだやだ!こんなのやだ!
何言ってんの?何してんの?
違う違う!私、違うって!
経験なんてしてない!男なんか知らない!
何にも知らない!
お金とか、寝るとか、どうしてそんなこと言ったのかわかんないけど、そんなの絶対無理!
お酒だって飲めない!
六本木なんて、きたことない!
あれからなんにも変わってない!
からかわれたくなくて、
バカにされたくなくて、
いい女ぶってただけ!
本当はいい女でもなんでもない!
ただの頭でっかちの、地味な女なんだってばーーーー‼︎」
部屋中に響く、私の叫び声。
気づけば藤咲は動きを止め、静かに私を見下ろしている。
ああ…
全部、吐き出しちゃった…。
きっと、からかわれる。
また、笑われる。
何にもない自分が惨めだった。
鼻の奥がツンとして、涙が一気に溢れてくる。
泣きたくない。
泣きたくない。
嫌だ、泣きたくない。
手を押さえられているから、顔を隠せない。
黙って見下ろす藤咲の顔が、滲んで見えなくなった。
悔しいけど、私の負けだ…。
「私には…何にもないの…いてもいなくても変わらない、空気みたいなもんだよ…。
藤咲が、なんでも屋さんだっていうなら…私をいい女にしてよ…藤咲がうなるような、いい女にしてよ…。
それができないなら…離して…お願いだから…これ以上、私を惨めにしないで…。」
藤咲の手から、ふっと力が抜ける。
私の両手は自由になった。
それは、私の問いに対する答えってことだよね…。