このままキミと朝まで愛し合いたい
藤咲がいたから
心の中
めでたし?
ううん、全然めでたしじゃないよ。
今思えば、遠足も体育祭も文化祭も修学旅行も、みんなみんな全部、なんだかんだ言われながらも一緒にいた。
私はこんなだから、大きな行事では必ず一人になってしまうのに、藤咲とクラス委員をやっていたおかげで、全然一人じゃなかった。
遠足で遅れを取ったときも、
『最後から来るなんて、社長だな。歩き方は親方だけど。』とか言いながら、最後まで一緒に歩いてくれたし、
修学旅行で迷子になったときは、
『地図を読む力は3歳児だな。』とか言いながら、先生よりも先に探してくれた。
本当はどれも嬉しかったはずのに、「嬉しい」と認められずに意地張って、ちゃんとお礼も言えないままでいる。
こんなに寂しくなかった一年は、初めてだった。
なのに今は、すごく寂しい。
あんなに病気のことも薬のことも勉強してきたけれど、この寂しさを取り除く薬はないって気づいた。
藤咲に「バカにつける薬はない」って言ったことはあったけれど、「恋につける薬」もないんだね。
バカも恋も同じ。
薬なんかじゃ治せない。
私もおばあちゃんとおんなじに、どうにもできない病気になっちゃったよ。
ただただ時間が過ぎて、想いが薄まっていくのを待つしかないんだって。
それ以外の方法は、私には全くわからなかった。
藤咲への気持ちは、心の奥にギュッと押し込めて、ひたすら勉強と研究の日々。
祖母を治すこと。
これだけを支えに頑張った。
それなのに…
大学2年の春、祖母は他界した。
支えを失った私は、なんの目標も見出せず、空っぽになったまま卒業。
生活の為、調剤薬局に就職した。
かなり忙しいから、色んなことを考えなくてすむ。
それだけが救い。
繰り返される季節。
職場に新人が入ってきた。
順番制の幹事。
やりたくないけど、やらなきゃならない歓迎会。
喋らない代わりに、烏龍茶をしこたま飲んだ。
アルコールは苦手。
自分のしたことを覚えていないとか、絶対ありえない。
「夏川さん、駅まで行きますよね?」
お開きになったあと、新人と駅まで歩いた。
「もう一軒いきませんか?仕事のことで、ちょっと相談が。」
「あ。仕事の話?それなら…
なに?
酔った新人が、私の手をギュッと掴む。
「あ、ちょっ、ちょっと手…
慣れない出来事に、どう対処していいのかわからない。
「悪いけど、こいつ、俺と約束してっから。」
えっ?
間に割って入ってきたスーツの男性。
パシッと新人の手を振り払って振り向いた。
その顔は…ふ、藤咲!?
「久しぶり。」
「あ、す、すいません。じゃ、また。」
新人は、バツが悪そうな顔をしながら、ぺこりと頭を下げて改札の中に消えていった。
ホッとした。
…のも束の間、
「夏川、飲みに行こうよ。」って何?
5年ぶりの再会で、温めていた恋心が爆発するかと思いきや、あの頃と同じく高い壁がズドン!
「や、約束なんかしてませんけど。」
「今、した。」
そう言って笑った顔の眩しさに、押し込めた想いがギュンと引き出される。
空っぽの私の心に、思い出のカケラがキラキラと降り注ぐ。
「ほら行くぞ。」
藤咲は、私のバックを人質にして歩き出す。
「どこに?」
「飲みに。」
「なんで?」
「夏川がムカつくから。」
「はあ?」
私だってムカつくわ。
こうなったら、見返してやる!
「六本木ならいいけど。」
「いいねー。じゃ、俺の行きつけでいい?」
駅前に列を成すタクシーに乗り込んで、六本木へと向かう。
ところで…六本木ってどこよ。
うちからどのくらい遠いのよ?
焦って窓の外を見ていると、藤咲が口を開いた。
「夏川、飲めんの?」
「当たり前でしょ。」
なんなの?その疑いの目は!
見てなさい、どうせ今日しか会わないんだから、いい女になったって言わせてやるんだから。
それで、今までのお返しに、う~~んとバカにしてやる。
強いお酒をガンガン飲んで、キャリアウーマンみたいに装って、どうこれ、完璧じゃない?
「卒業してからモテ過ぎて、男に不自由したことなんかないの!
もう私、一気に経験豊富になっちゃって…。」
とにかく飲んで喋り倒した。
喋っていないとドキドキしすぎて、死んじゃいそうだったから…。
…えっ?
重たい瞼を押し上げれば、辺りは薄暗くてよくわからない。
なに?夢?
ここは、布団?
うう…なんか、頭がガンガンする…
それに暑いし、喉が渇いた。
…水は…?
身体を起こして、周囲を見回した瞬間、サーッと血の気が引いた。
…なんで私、ぶぶぶ、ブラと、パンパン…パンッ…ツだけなの???
「…ん…」
へっ?
うす暗闇に目を凝らす。
飛び込んできたのは、裸の背中。
な、なにごと?
あ、あ、た、確か、一緒に飲んだ。
それで、よくわかんないけどここに来て、それで、よくわかんないけど、なんでこの格好になってるの?
あー、思い出せ、思い出すんだ私。
ここに来て、こうなった途中の記憶を思い出すんだ。
お酒で記憶をなくすなんて、絶対あってはならないことなのにーーーー!
うーーーー
「…起きた?」
「ふぇっ!?」
びっくりしすぎて、声が変になる。
私は、その辺の布団を引っ張って、ミノムシになった。
片肘をついてこっちを向いた藤咲の、おっきな八重歯がやけに白く見えた。
「み、見た?」
「うん、すごかった。」
「す、すごかった…とは?」
「どんどん湧き出るんだもん。」
「わ、湧き出る…?」
「もう、びっちょびちょ。」
「び、びっちょびちょ!?」
なになになに?私は一体何をした?
「俺がさすったら、すっごい気持ちいいって言ってたぜ?」
ふ、藤咲…真顔でそんな…君は一体、私になにを…
ああもう、頭がショート寸前。
記憶なし。
記憶なしなんだってばーーー!
このポンコツ頭。
私は、頭を抱えて小さくなった。
「だから、夏川の口から、大量のゲ×が湧き出て、全然止まんなくて、俺もお前も服がびちょびちょになって、背中さすってやったら、やっと落ち着いてパタッっと寝ちゃって…。」
「あ、ゲ×、ゲ×ね、ああ、そっか良かった良かった…えっ?あ、違う、全然良くない!!!」
「わりーけど、それで服脱がしたからな。汚れたし、苦しそうだったから。今は、洗って風呂場に干してある。
あっ、見てねーよ、電気消したし。」
「…ごめん。」
「ふふふっ、別にかまわねーよ。仕事だし。」
…あ、仕事…そっか、たしか…なんでも屋をやってるって。
酔った私が、頼んだんだろうか。
半裸の藤咲が、笑って起き上がる。
ミノムシの私を見下ろして、にっこり笑った。
「ところで、どこまで話、覚えてる?」
私は、ぶるぶる首を振った。
「なんかよく、お、覚えてなくて…。」
「そっか、じゃ、いい。今、服を持ってくるから。」
そうして藤咲は、バスルームに歩いて行った。
話…
話って?
私、なんかした?
それとも、藤咲がなんか言ったの?
ダメだ、どうしても思い出せない。