このままキミと朝まで愛し合いたい

バタンと扉の閉まる音がして、部屋は静かになった。

藤咲の姿が見えなくなって、ようやくちゃんと呼吸ができる。


私は、ミノムシのカラから這い出て、ベッドの上にペタンと座った。

ほどけた真っ黒な髪を耳にかけながら、手のひらで額の汗を拭う。


…汗が、とまらない…。


恥ずかしさと緊張と、焦りと火照りがごっちゃになって、身体中 汗びっしょり。


タオルを探そうにも、辺りが暗くてよくわからないので、枕元のスイッチをパチンと押した。



部屋が明るくなる。

見れば、引き寄せられたテーブルの上に、ビニール袋とタオル、それから、ペットボトルが置いてあった。


手を伸ばしてタオルを手に取り、ギュッと顔をうずめると、涙までもが出そうになる。


私は、急いで身体を拭いた。



それにしても、この格好…。

機能性重視のブラに、布面積大きめなパンツ。


色気の欠片も…ない。

外側も内側も全部地味。



…。


いいの。

私はこれで全然良くて、全然満足してる。
だからいいの。



はあ…

それでも、気つけば何回目かのため息。


こんなんで、いい女を演じようなんて、私もよくやったよな…


って…いい女…?


そういえば私、藤咲にいい女にしてよって叫んだんじゃなかったっけ?

…それで藤咲は、なんて答えたんだっけ…えっと…えっと…



「ふざけんな、バカ。」


えっ?


パサッと何かが被さって、一瞬前が見えなくなった。



「早く着ろ!

夏川の、まだ乾いてなかったから、俺のシャツだけどな。」


頭に被さっているのは、藤咲のシャツ?



「夏川…頼むから電気消してくんねぇ?」


シャツの隙間から見える藤咲は、手で顔を隠して横を向いている。



あっ、そうだった!



「み、見た?」


「見てねーから、早く消せ!」



慌てて電気を消すと、藤咲の長いため息が聞こえた。


「俺、ちょっとトイレ。」


「あ、うん。その間に着とくから。」



暗がりの中で、おそるおそるシャツの袖に手を通せば、

ああ、やっぱりおっきい…って。

藤咲のシャツなんて、もう2度と着ることないって、思っていたのに。




『後夜祭は、男子と女子の制服を取り替えて参加すること。』


実行委員のアホ。

そんな決まり、守れるか。


ハナから参加する気のない私は、みんな出払った教室で、一人文化祭の後片付け。


後夜祭開始のアナウンスと共に、窓の外は賑やかになり、その反対に教室も廊下も静かになった。



「夏川!」


「ギャッ!な、なによ?」


ガラッとドアが開いて、藤咲が顔をのぞかせる。


「やっぱりここにいた。」


「だから、なによ?」


「制服貸せ!」


「は?」


「俺のと変えろ!」


「は?」


「他のやつの制服じゃ、入んねーんだよ!」


「はあ?それ、どういう意味よ。」


「いいから貸せ、早くしろ!もうすぐ俺たちの出番なんだよ!」


「嫌です。藤咲に貸したら、バカがうつる。」


「とにかく、早くそれを貸せ!」


藤咲は私の返事を無視して、歩きながら制服を脱ぎ始める。


「ちょっと、なんでここで脱ぐのよ!」


あっさりTシャツと短パンになった藤咲が、手を合わせてぴょこぴょこ頭を下げた。



「時間ねーんだよ。夏川も早く!頼むから!なんでもするから、頼む!」



「じゃ、この片付け、全部やってよ。」


「分かった、分かった。やるやる!」



私は、渡された制服を持って、トイレに走った。


なんで、藤咲のために走んなきゃいけないのよ。


抱えた制服はまだ温かい。

パタンと個室のドアを閉め、鍵をかけた。

ジャケットを脱いで、リボンをほどく。


ボタンを外してブラウスを脱ぎ、藤咲のシャツを羽織った。


ふわっと漂う甘い香り。

一瞬手が止まる。


藤咲はそんなに大きく見えないのに、袖に手を通せば、シャツはすごく大きかった。


ズボンを履くと、悲しいかな、ウエストはちょうど良い。


なのに、長さは全然長い。

何度も折り返して、ようやく足首が出た。



藤咲の足が長いのか、私が短すぎるのか、考えるとムカつくので、考えるのをやめることにする。


ネクタイはつけず、ジャケットを手に持って、脱いだ自分の制服を袋に入れ、また走り出す。



「はい。」


久しぶりに走ったから、息が上がる。

情けないほどハアハア言いながら、藤咲に制服を押し付けた。



「…サンキュー。」


「じゃ、私は、ここで待ってるから、終わったら、また、持ってきて。」


「う、うん…あ、ちょ、ちょっといい?」


藤咲の手が首元に伸びて、開いたワイシャツのボタンを閉めた。



「いくら親方でも、男物は一個の間隔がでかいから、二つ開けんのはやめとけよ。」



それから、ネクタイをシュルっと私の首にかけ、クルッと手早く結ぶ。


「よし、完璧!夏川も後夜祭来いよ。」


藤咲は、私の制服を抱え、急いで教室を出て行った。


…後夜祭なんか…行くわけないじゃん。


窓の外を見た。

小さな櫓を囲んで、制服を取り替えた男女が、ワーワーキャーキャー騒がしい。


まるで別世界。

あの輪に、私が入れるわけがない。

それに、制服ごときでそんなに盛り上がる?


窓に自分の姿を写して、ネクタイをチョンと弾いた。



…そういえば、高校になって初めてだ…後夜祭まで残っているのは…


委員をやってなきゃ、とっとと帰っていたに違いない。


とりあえず、片付けしなきゃ。

考えるだけ無駄だもん。




キャー!

ひときわ黄色い声援が上がったので、思わず窓の外を見れば、

櫓の上に、うちのクラスの男子の姿。


『次は、3年A組「秋葉原のAKBならぬ浜高のHMK」の皆さんです!どうぞ~!』


音楽がかかって、踊り始めた男子たち。

その中に、藤咲もいた。

メイクまでしてる。

…ほんっとバカだな。


それにしてもすごい声援。

指を指す振り付けで、指された観客がキャーキャー言ってる。

あんなのに指されて、そんなに嬉しいか?


踊るやつもバカなら、指されてるやつもみんなバカだな。


って思った瞬間、

藤咲がこっちを向いて指を指した。


…うわっ!


びっくりして後ろに倒れ、ドンと尻餅をついた。


いったーい。

私、何してんのよ。

これじゃ、私が一番のバカじゃない!


制服のせいだ。ほんとにバカがうつった。


はあ…なんか調子狂う。

もう、今日は帰ろう。

私は、藤咲の制服を脱いでジャージに着替えると、賑やかな音楽を背に教室を後にした。


次の朝、どうせ片付けていないだろうと、いつもより早く学校に行けば、


机に突っ伏して寝ている藤咲がいる。

綺麗に教室は片付いていて、私の机の上には丁寧にたたまれた制服が置いてあった。

「ちょっと藤咲?あんたまさか、ほんとに一人でやったの?」



藤咲は、目を閉じたまま笑って答えた。


「当たり前だろ?初めて夏川に頼まれた仕事だからな。」って。


あの時の藤咲は、なんだか素直で…なんか…








「着たか?」


暗闇から声が聞こえて、ドキッとする。


「あ、うん。」


「そっち、行っていい?」


「うん。」



藤咲の足音が近づいて来るだけで、心臓の音が大きくなる。

お酒の鎧が壊れてしまって、心が敏感に反応してしまう。


「おい…夏川、またかよ。」


タオルを肩に引っ掛けた藤咲が、私の前で身体をかがめて手を伸ばしてくる。


思わず身体を後ろに反らせた私を見て、藤咲が笑った。


「大丈夫、じっとして。」


あ…ボタンか…。

ほんの数秒なのに、息ができなくて苦しくなる。


藤咲は、ただ単にボタンをしめてくれただけなのに。


首元で動く指先に、バカみたいに反応する心臓が憎たらしい。

まさか、この音、聞こえてるんじゃなかろうか。


「お、おっきいから、ボタンしめると きついんだもん。」

このドキドキを笑いに変えるため、冗談のつもりで言ったのに、


「確かにな。」

って、そりゃどういうことよ。

藤咲は、何事もなかったように携帯を手に取ると、


「…今、4時だから、もう少し寝とけ。あんだけ吐いたら、身体 結構きついだろうし。後1時間もすれば始発も出るし。
俺は、こっちで横になってるから。」


と言って、ちょっと離れたソファーの上で横になった。




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