私は、エレベーターで恋に落ちる
「あっ、でも……」
そろそろエレベーターが来るという頃になって、林田さんが言う。
「そうだ、思い出した。伊村さんが、あんなに熱心に仕事してたのは、珍しかったですよ。
いつもは、私たちのオフィスになんか来てくれませんからね。
どこにいるか分からないですけど、いつもは、ああしろ、こうしろってメールや電話で指示してくるだけで、検証にまで付き合うって、まず、あり得ないですからね。
今度の仕事が、よっぽど楽しかったんじゃないですか?」
「楽しかった?」
「上のオフィスで見たでしょう?防犯カメラの画像。伊村さん、どういう訳か、ずっとモニタの画像とにらめっこしてましたから」
「防犯カメラの画像ですか?」
「そう、IDからあなたの事を割り出して、記録を取って。毎日のように行動を分析して」
「伊村さんが?」
「いったい、この女何やってるんだ?何考えてるんだ?って画面を見ながら楽しそうに笑ってましたけど。とても仕事してるようには見えなかったな」
「楽しそうって?」
「普段は、全然笑わない、何考えてるかさっぱりわからないシビアな人なんですよ。
それが、高校生みたいにあなたの行動に熱中して。
いったいこの女、本当に何考えてるのか分かんねえ。
ゲームでもするみたいにずっと見てましたよ」
「そうだったんですか……」
「じゃあ、またね。いつか、ビルの中で会うかもしれませんね」
林田さんは、エレベータの中に消えて行った。