私は、エレベーターで恋に落ちる
こっちへ来い。

彼は、すぐ横に置いた椅子に座るように言った。

彼は長いきれいな指で、テーブルに置いてあったICレコーダーを手に取ると、録音ボタンを押してパソコンの前に座った。

パソコンを前にして、キーボードを急にものすごいスピードで叩きだした。

普通の仕事をしているサラリーマンとキーボードの扱いが違う。

見てる画面も、数字とアルファベットの羅列で意味が分からない。


彼は、口元に手を当てたまま、集中しだして、部屋の中にもう一人いることなんか忘れてしまっているみたいだ。

しばらく、パソコンのモニターを見ながら、何やら呟いてると思ったら、私に向けて、急に指を動かすジェスチャーをした。

指を上に向けてこっち来いのポーズだ。

お客さんがウェイターに向かってやるやつ。

多分、録音中なのを意識してるのだろう。

素直に従うのも、しゃくにさわった。

私は意味が分からないと、両手を広げるジェスチャーで答える。

なに?

とジェスチャーで彼も応戦する。

あくまでも、声に出さないつもりだ。

私は、ぷいっと横を向いた。
付き合いきれない。

今度は、両手をかき出すように、こっちに来い、と大きなジェスチャーをしてる。

手招きをして、私を呼び寄せようとしてるんだ。


私は、"ボタンを押して録音を止めれば?"
ってジェスチャーで返すと、

"何のために録音してる"
と返して来た。

"あら、どういう意味かしら?"
頬に手を添えて小首を傾げる。

「いい加減にしろ!さっさと来やがれ」

"やった!!"
ガッツポーズをする。

伊村さんは、あきらめて録音を解除するボタンを押した。

「くそっ」


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