私は、エレベーターで恋に落ちる
「そうか……」
彼は、そうつぶやくと、気の毒そうに私の顔をチラッと見て、店の中に入って行く。
「急に納得しないでください」
それに、不意に優しい表情で見るのやめてください。
店の中を歩き回って、いろいろな靴を見ている。
「どれが欲しかったんだ?」
たくさん並んだ商品のうちの一つを手に取って言う。
「どれって……」
どうしたの?いきなり。
どういう心境の変化なの。
「結局、その日は、何も買わなかったんだろう?」
彼は店で一番値段が高い、本革の商品を手に取る。
「もういいんです。冬の季節も、あと少し我慢すれば終わりますから」
本当に、この時期に買うのはもったいない気がする。
「今年の冬も?去年も買ってなかったのか?だったら、一つ買ってやるぞ」
「いいです。そんなの」
「遠慮するなって。ほんの気持ちだ。まあ、これで、最後になるかも知れないし」
「じゃあ、今日で終わりですか?」
ホント?たった一日?
私は、彼に近づいて、表情が見えるように顔を上げた。
普段と変わりない、何を考えてるのか分からない。
表情の読めない顔だ。
「まあ、そうなるだろうな。次の仕事が入ってて、俺が関わるのは今日で最後かな。ご苦労さんだったな」
「ブーツはいいです。だったら、それなら、何か食べるものにしましょうよ」
「いいのか?そんなんで」
「はい」
何も残らないものの方が嬉しいです。