しましまの恋、甘いジレンマ。

突然の悪魔の囁きから始まり、

凄まじい速さで別の悪魔との契約が結ばれようとしている。

志真はこれでも真面目にコツコツと働いてきた。試験には二度落ちたけど、
それでも今はちゃんと公務員の端くれで安定した生活を保証されている。
貯金だってそれなりにあるのに、でも、ちょっと欲を出したらこの有様。

「……新野先生、悪魔って居るんですね」
「そうね。居るのね」

昼休みを利用していつもの様に保健室へ向かう志真。
そこにはちょっと憂鬱そうに養護教諭が座っていて、心ここにあらずの
ような顔で爪の手入れをしていた。

「私は女優にはなれそうにありません」
「女優って。どうしたの急に。山田さん、そんな夢見てたの?」
「夢っていうか。別に憧れてたわけではなくて」

ただ人に嘘を信じこませる演技力という意味で。
女優になろうなんて生まれて一度だって思ったことはない。
そんな容姿じゃないことは毎朝顔を洗う度に分かっている。

「それより聞いてくださいよ、この前の合コン。酷いのばっか」
「……はあ」
「3高が集まるエリート合コンって言うから気合入れたのに。皆顔がゲロ以下」
「そ、それは言い過ぎでは」
「テオ先生見た後だとやっぱり目が肥えちゃうのよね。ほんと綺麗な顔」
「……」

幾ら顔が綺麗でもあんな面倒そうな人間性じゃプラマイ0じゃないだろうか。
なんて、相手が居ない所で下手に悪口を言うのは良くない気がして黙っている。
別に何か悪いことをされた訳ではないし、若干馬鹿にはされているけれど。

「テオ先生、フリーなのかなぁ」
「アタックですか」
「うーん。どうしよう。でも、講師ってあんまりお金なさそうだし」
「……お金、ですか」
「そうでしょう?もうその場の感情だけで付き合うような歳じゃないんだし。
見極めて付き合わないと。きんとした収入があってこそのパートナーよ」
「……はあ」
「山田さんも頑張らないと」

そうだよな。女として頑張ってないから未だにこの有様で、
嘘の旦那を仕立てようとしてるわけで。
彼女の場合は単純に理想が高すぎるだけだと思うが。

志真は特に希望無し、ただ優しかったらそれでいい。

それが将来というか結婚を強く意識するであろうアラサー女の理想としては
たいへん残念であることは理解はしている。


「笑顔、張り付いてますよ」
「そんな皮肉を言われるとは思いませんでした」
「そうですか?こっちもまさか見知らぬ土地で放置されるとは思いませんでした」

夕方、仕事を終えて駐車場へ向かうと車はあるが彼の姿はなくて。
しばし待って居たら女子生徒たちと一緒に歩いてくるのが見えた。ニコニコと
懐っこそうな笑みと軽快なフランス語混じりのトークで終始笑いが絶えず。

でも、別れてこっちへ向かってくる顔は真顔。全然笑ってない。

「それは気付かずに、ごめんなさい。大丈夫でしたか?帰れましたか」
「…え。あ。はい、タクシーでなんとか」

素直に謝られると何だか自分が意地悪みたいで居心地が悪い。
志真は微妙な顔をするが促されて車に乗り込む。

「次はきちんと最寄りの駅までお送りしますよ」
「……どうも」
「それでは行きましょうか。家まで案内をお願いします」
「はい」

意地悪なのか怖いのか、それとも優しいの?

やっぱり全然分からない。

< 11 / 67 >

この作品をシェア

pagetop