しましまの恋、甘いジレンマ。
悪魔な契約?
「それでは契約をまとめましょうか」
「契約」
「ええ。その方が後で面倒にならないでいいでしょう?」
「そうですね」
ずっと部屋から庭の様子をうかがっていたがあまりに遅いので
志真も庭へ出ていくとハッと志真の存在を思い出したように彼は振り返る。
契約、と言われると何だか寂しい響きではあるけれど。
確かに後からもっとお金をよこせとか家をよこせとか
言われる可能性が無いとは言えない。
たぶん、この人はそんな酷いことを言う人間ではないと思うけど。
「俺は貴方の婚約者になる、その代わり日本に滞在している間この家を借りる」
「はい。……え!?え?こ、ここに?」
「ちょうどアトリエが欲しかったんですよ。今の部屋は不向きでね」
「で、でも。ここ住みづらくないですか?外国暮らしの方には特に」
「不便と感じることはないので大丈夫です。むしろ思っていたより居心地が良さそうだ。
金目の物はそちらで保管していてください」
「でも、私の一存では」
遺産として貰えるということで、でもおばさんはまだ生きているわけで。
「じゃあ話しますか?」
「話せませんよ」
遺産になることを見越しておばさんに家を先にかしてなんて。
「なら、貴方がここに住むということで。俺はついで。どうです?」
「私」
「将来的にここに住むつもりなんでしょう?」
「それは、そう、ですけど」
でもそうなると一時的でも一緒に暮らすって言うことですか?
「黙っていても家と金が手に入るのだから、別にそれくらい」
「そんな言い方しなくても。一番大事なのはおばさんの健康です。
家だってお金だっておばさんが一人で努力した結果なんです」
「そんな綺麗事を言っても結局それを貴方は欲しいと思っている」
そう、私は金も家も欲しい。
それが前提の偽装婚約なのに。何だか凄くイラっとする。
「欲しいですよ!私じゃ家を建てるなんてとうてい無理だから。
人の3倍努力しないと普通にすらなれない、中途半端な人間だから。
でもそれで肩身の狭い思いをするのはいやだし、
親の監視のない家で新しい生活を望むのはおかしいですか?」
「いいえ?貴方の人生を否定する気はありませんよ」
私の人生は何時も後ろ向き。成績も何時も平均。秀でたものもなし。
両親は表立って教師になれとは言わなかったけど、プレッシャーでしかなく
事務でも公務員になんとかすがりついて家での立場を保っている。
不幸でもないけれど、幸せもない生活。
こんな自分に訪れたきっかけを利用してはいけない?
「……分かりました。話をしてみます。すぐには戻ってこないし手術をしても
暫くは入院するでしょうから、大丈夫だと思います」
「よろしくお願いします」
「……」
ああ、私は今凄い嫌な女だ。絶対、相手にも悪くとられた。
ネガティブで自虐的で、金に目がくらんだ馬鹿な女と。
「山田さん、よく見ると可愛いね」
「え?」
俯いて落ち込んで居るとふいにそんな言葉が耳元でして。
びっくりして顔を上げるとすぐ目の前に知冬の顔。
「俺と新しい生活しよう」
「……」
「はい、は?」
「え……あ。……は、はい」
志真の返事を聞いて大変ご満悦な顔で頷く知冬。
何でそんな優しい顔をすることができるの?
だから、なんなのこの人は?