しましまの恋、甘いジレンマ。
30歳を前にひとり暮らしを始める新社会人のような買い物をするから
ある程度まとまったお金を下ろしておかないといけない。
ベッドは家から持ってこれないし、
他に家から持ってこれそうなものも特にない。怪しまれる。
親を頼ったりしたらたった1日でもう弱音を吐いたのかと笑いそう。
だからせめて一週間は何があっても我慢する予定。
「おばさんは生きてるのに何でこんな目に…」
そもそも亡くなってからだよね、遺産って。幾ら嘘でも
旦那になってくれそうな人が居ないからって急ぎすぎたかな。
知っている異性なんてもう居ないし、
誰かに紹介をしてもらったとしても怖いというか。
金をチラつかせて豹変しないとも限らない。
成り行きで契約をすることになった知冬は幸運にも悪人ではない。
ちょっと冷たくて意地悪だけど金の説明をしても興味はない様子で
今は話にも出てこない。
報酬として家をアトリエにすると言ってもおばさんの私物には触れず
他のものも大事に扱い必要なときは志真を側に呼んでから触っていた。
「盗んだと思われると大変心外なので」
と本人は冷めた顔で言っていたけど。
「かなり神経質なのかな」
最初ほどの警戒は無いのだが学校でのあの嘘みたいな優しい笑み。
気さくな態度、生徒たちとの明るい授業なんかの話を先生や生徒たちから
聞く度にやっぱり自分は騙されてるんじゃないかと思わずにいられない。
「何で授業だけなんだろう?テオ先生が美術部顧問になってくれたらいいのにな」
「そしたら私も美術部員になる」
「私も」
廊下からそんな女子の浮かれた会話を聞くのは珍しくはないし。
「大人気だな、あの先生」
「そうですね」
「言葉のせいかどうものんびりしててあんまり講師っぽくないがねぇ?」
「そうですかね」
パソコンに向かって作業をしていると声をかけてくる先生はそんな廊下の話を
聞いていたようで苦笑している。
貴方は知らないだけなんですよ、といいたいのをこらえる志真。
「山田さんもああいうの好きかい」
「いやぁ……まあ」
「頑張れ。ボンジュール!」
「……ぼんじゅーる…」
絶対それファイトって意味じゃないと思いますけど。
とりあえず返事してみた。