しましまの恋、甘いジレンマ。
初めての画廊。堅苦しい、難しいイメージがあったけれど
興味深いものが沢山あって、建物も明るくて意外に楽しい。
途中知冬が何やら知り合いを見つけたようでその人と楽しそうに
おしゃべりを始めたので志真は邪魔しないように作品を見て回る。
「ごめんなさいね、山田…何さんかしら?」
「志真と申します」
「そう。志真さん、…あら?」
「え?」
「いえいえ。何でもないですよ。そう、ふふ。先生の婚約者さん」
ぼんやり眺めていたせいか先ほどのマダムが声をかけてきた。
内心、ビクビクして早く逃げたい衝動にかられるけれど。我慢。
まだ知冬は話をしていて切り上げる気配はない。
「素敵な作品ばかりですね」
黙っているのが悪い気がしてよく分からないなりにほめてみる。
「ありがとう。ここは私の父が始めた画廊でね、今の景気で美術品は中々難しいけど。
将来有望な新人を育て皆様に紹介する場は芸術の未来の為に必要だと思うの」
「…なるほど」
「そんな理想論ばかりでは成り立たないんだけどね。テオ先生とは昔から知り合いで、
本国で賞を幾つも取り有名になってからもうちと懇意にしてくれて助かるわ。
日本でも先生のファンは多いの」
「……はあ」
「こんな話、婚約者さんには分かりきったお話だったわね」
すいません何も知らないです。名前聞いても全然ピンとこないです。
志真は返す言葉が見つからなくてひたすら苦笑い。
よくそんな凄い先生が日本の学校の講師になんてなってくれたものだ。
一応進学校ではあるけれど、飛び抜けて凄いわけでもないのに。
「……可愛い」
「お買い上げ?」
「い。いえ。あの、まだ、あの、ボーナスじゃないんでっ」
「うちはローンも組めるけど?」
「お、おやに、親に相談しないと」
「ふふ。じゃあ、今度はご両親もご一緒にどうぞ。何時でもお待ちしてますわ」
この人に隙を見せると10万20万、はては何百万もの美術品を買わされる。
歳は母親よりは若そうだけど、商売人としての絶対の自信と百戦錬磨な風格。
迂闊な事を言ってローンなんて組まれたら困る。
入場自体は無料だし他に見学している人も居るのに何だか本屋で立ち読みを
しているような気分。怖くて嫌な汗が出てきた。
「トモエさんと楽しそうでしたね」
「は?嫌味ですか?」
「違いましたか。そんな怖い顔をして」
生きた心地のしない時間を30分も我慢してようやく話を終えて来た知冬。
マダムはまた来てねと笑顔で手をふってくれた。
正直、1人だったらもう二度と来ないと思う。知冬もアテにはならないし。
「知りません」
孤立無援で焦って一人で必至に汗かきながら戦ったのが虚しくなる。
結局、全然楽しめなかった。デートだと彼は言っていたけれど。
自分も内心、もし本当にエスコートしてくれるデートなら嬉しいかもなんて
浮かれた罰?
こんな平凡な自分が夢なんか見ないほうがいいということだ。