しましまの恋、甘いジレンマ。


「……」
「……」

自分でも何でこんなにイラっとしている理由はよくわからない、
侮辱された訳でもなくて、明確な理由がなくて。
子どものような感情なのだろうと頭ではわかっているのに。

でも言葉を発すること無く車は走り続け、
目的地であるお店の専用駐車場に止まる。
時間もちょうど好いのでここでランチ。

「……、店に着きました」
「みたら分かります」
「行きます?」
「ここで降ろされたら今度こそタクシー代折半です」

知冬とともに車を降りてお店へ入る。
ここも知らないお店、知らない地名、知らない通り。
昼間はカフェで夜からはバーになるらしい。
店内はジャズが流れてカウンターがあってお酒がズラリ。

「やあテオ君。いらっしゃい」

笑顔で出迎えてくれたマスターらしき男性は大柄でクマのような外国人。
日本語は流暢なようでこっちへどうぞと席を案内してくれた。

「スミスさん、お久しぶりです」
「こちらのお嬢さんは?」
「こちらは…」
「婚約者の山田と申します」

ヤケクソで言ってやったら男二人はきょとんとしたが気にせず着席。

「彼女怒ってる?喧嘩でもしたの?」
「分かりません」
「あー…そんな時はちょうどいいものがあるよ!任せて!」

メニューを見つめていた志真の側で彼女の理解できない言語でコソコソ会話。
何か思いついたのか店主はゴキゲン。二人の注文を聞いたら
嬉しそうにキッチンへ去っていった。

「……、今の方がバリスタさんですか?」
「元、ですが。今でも十分な実力があってとても繊細な仕事をする人なんですよ」
「ラテアート的な?」
「ああ、それも言えばしてもらえると思いますが」
「今回はコーヒーですからね。まずはブラックでいきます」
「無理はしないほうがいいと思いますが、どうぞお好きに」

時間が経過して気持ちが落ち着いたのか今は不機嫌な気持ちはなく
ただお腹がすいたのでどんな食事が出来るのかそちらに気が向く志真。
店内はレアなのかレコードが飾ってあったりユニークな看板があったり。
友達とランチやお茶飲むのにも十分使えそうなお店だ。

「はいどうぞ。本日のランチセットです」

しばらくして注文したランチが到着。もしかしたらサービスしてくれたのか
ボリューム満点で志真は最初全部食べきれるか心配だったけれど、
案外あっという間に食べきった。

その食べっぷりにやや引き気味の知冬は無視。
そして、待ちに待った食後のコーヒーが運ばれてくる。

「どうかしましたか。コーヒー、美味しいですよ。砂糖とミルクもありますし。
冷めないうちに飲んだほうが」
「……、…さっきはごめんなさい。せっかく連れて来てくれたのに」
「え?」
「勝手に浮かれて勝手に落ち込んで不機嫌になってしまって。
知冬さんはただ絵が見たかっただけだし、コーヒーが好きなんですしね」

別に私だから誘ってくれたとか、そんな甘い展開なんてありはしない。
落ち込む要素なんてなにもないじゃない。

私たちはただ偽りの関係を演じるだけなんだから。

「貴方が何をいいたいのかよく分かりません。
楽しくなかったならそう言ってください、隠すのは今後の為にならない」
「楽しかったです」
「嘘だ」
「……ほ、ほんとに」
「嘘だ。貴方はちっとも楽しそうじゃない。……何が駄目でした?」
「そんな大げさな、私はなにも」
「言うまで帰しません」
「え」
「帰しません」
「…いや」
「帰しません」
「……、……えっと。あの。……こ、…こーひーおいしいな」

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