しましまの恋、甘いジレンマ。
あと、その人は来月子どもが生まれる幸せいっぱいの既婚者です。
とまでは言わずに志真は苦笑して話を流した。
やはり国や文化が違うと距離感というか、勘違いしやすいのには違いない。
浮かれて勘違いするほどの甘い関係を築いてもいないけれど。
でも何故だろう、一緒にいても違和感が無くてしっくりするというか。
親のように過剰にプライベートに踏み込んでこないからかな?
ツッコミを入れたくなる事も多いのだけど。
「あれ。これが勘違い?」
「大丈夫?山田さんしっかりして」
「大丈夫です。元気です」
「だったら今日合コン付き合わない?この前はひどかったけど今度は」
「今日は入院しているおばさんのお見舞いに行くので、すみません」
そろそろ戻ろうか。チラっと室内の時計を見て保健室を出る。
新野先生はネイルのチェックをし始めた。スタイルも良くて顔立ちも綺麗、
年齢は志真より2つ上。独身。他の人からさりげなく聞いた生徒の評判は
「優しい整形先生」とのこと。
敢えて深くは言わない。
「山田先生」
「……、え?あ、はい。何でしょうか」
職員室へ戻るべくのんびりと歩いていたら呼び止められる。
振り返ると面識のない女子生徒。事務職員であって先生ではないが、
生徒からしたらどっちも似たようなものなのかもしれない。
「西田先生知りませんか?部活のことで話があるんですけど居なくて」
「ああ、先生は奥様の様子が心配だからっていったん自宅に戻られてます」
「そうなんだ。あ。そっか。来月だっけ。…戻ってきます?」
「午後の授業には間に合わせると言ってたから、もう戻ってきてるはずですよ」
「わかりました。ありがとうございます」
けど志真からしたら毎回ドキドキする。先生、なんて呼ばれるなんて。
そんな大層なことはしてないし、何も教えることはないのに。
だから生徒がいる時間帯の廊下を歩くのは気を使う。
コソコソと早足で、呼び止められないように見られないように。
「テオ先生。美術部の顧問になってくださいよ」
「先生と一緒なら技術がぐっと向上すると思うんです!」
「そうですネ。先生に相談してみないと」
「えー」
「先生のほうが実力あるんですから!」
志真が息を殺してゴールまであと少しという所で女子に囲まれて
大声でワイワイと喋りながら向こうから歩いてくるのは画家の大先生。
あの人なら先生と呼ばれるのに違和感なんて感じないのだろう。
なんて考えてる場合じゃない。
さっさと逃げなければ。
「志真」
「西田先生。大丈夫でした?奥さん」
早足で先に職員室のドアに手をかけたら走って近づいてくる先生。
「ああ、大丈夫。悪かったな、いきなり」
「いえいえ。教頭先生も心配してましたよ」
話をして、そのまま一緒に職員室へ入った。