しましまの恋、甘いジレンマ。


「あの。まだ昨日の銭湯のこと怒ってます?」
「何故?」
「前も言ったかもですが知冬さん、言葉にはしないけど顔にすぐ出る」

昼からはあっという間。気づいたらもう定時を迎えてしまい志真は
約束していた駐車場へ向かう。すでに知冬が車に乗っていて、
慌てて乗り込んで出発。
したはいいが明らかにご機嫌斜めな運転手さん。

「そうですか」
「……違いました?」
「……」

黙っちゃった。

こういう場合はもう何を言ってもその話題に関しては黙秘。

「病院の場所は分かります?ナビで見ましょうか」
「分かってます」

その怒りは志真に対してなのか、それとも他の何かに対してなのか。
彼の心のなかは志真には分からないけれど、
こんな状態で両親やおばさんに引きあわせても大丈夫かな。
たぶん、明るいテオ先生のキャラで押し通してくれると思うけれど。

結局何も出来ないまま病院へ到着。
車をとめて、病院内へ入り、母親にメールをして。

病室へどんどん近づいていく。

緊張で心臓がおかしくなりそうな志真。

どうかボロをだしませんように。

「……ちょ、ちょっと待って」
「何か」

両親はすでに部屋で待っているらしい。
そのおばさんの居る部屋まで直ぐ側まできて志真は立ち止まる。

「と、…トイレ行ってきても」
「え?」
「緊張して」
「……どうぞ」

自分が望んだことのはずなのに、一族勢揃いの中へ飛び込む勇気が
すこし足りなくて、知冬にはそこで待ってもらいいったんトイレへ逃げ込む。
いい歳をしてこんなの恥ずかしいけれど。
はあ、と深い溜息をして鏡の前で自分の顔を見つめる。

緊張のせいか何時も以上にひどい顔をしている気がする。

でも、行かなければ。もう引き返せないのだから。


「まさかこんなに上手く行くとは思わなかったわね」

トイレから戻ると知冬の姿はなくて、不思議に思いながら
おばさんの病室へ近づくと笑い声と一緒に母の声が聞こえる。
声の感じからして彼はもう中にいるようだ。

「そうだな。あの志真がここまでやるとは思わなかったよ」
「知冬さんでしたね。ごめんなさいね、付きあわせてしまって」
「いえ。楽しかったですよ、とても」

え?どういうこと?

志真はその場で立ち止まって動けない。

「あの子は普通にお見合いなんてさせてもすぐ逃げ出しそうだし、
自分から異性を選んでくる事もなさそうだから。私に似たのかしら」
「お前だろうな」
「貴方が言うの?…まあ、これであの子も少しは」
「その事なのですが」

親の期待にも応えられず、かといって誰かと家庭を築くようなこともせず
実家で危機感もなくのんびりしていたせいか何時迄も子ども扱いで。
何かとうるさく干渉されて、それが普通だと思っていた。けど。

これは流石に酷くないですか?

「お母さん!どういう事!」
「ああ、志真。来たのね」
「今までのこと、遺産のこと、知冬さんのことも偶然じゃなくて…全部仕組んだの?」
「それは」
「嘘なの?皆しってて……ひどい。ひどい!」
「待って」
「来ないで!知冬さんなんか大嫌い!」

志真は病院であることも忘れ大きな声で叫び、病室を飛び出す。

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