しましまの恋、甘いジレンマ。
朝食を食べたら何時もなら慌ただしく仕事へ向かう志真だが本日はお休み。
母の仕事が終わる夕方までは特にすることもないし、
のんびりと片付けをして部屋の掃除をしようと思う。
知冬も休むと言っていたがそれは色々と困るので仕事へ行って頂く。
「……」
気のせいかもしれないけれど、先ほどから何度も目があって、
なんとなーく彼がお見送りをしてほしそうな雰囲気がしたので
志真も玄関までついていく。何だか変な感じ。
「えっと。なんでしょうか知冬さん。……あ。わかった」
「……」
だが何時までたっても玄関から外へ出ていかないので
志真は何か忘れているのかとしばし沈黙して考えて。
「行ってらっしゃい!」
彼女なりに考えて出した結論が、笑顔で見送り手も振る。
「……」
でも違ったらしい、ものすごい不満そうな顔をしてきた。
「な、なんですか。どうしたらいいんですか?」
何か違った?これ以上どうしろというのか。
「仕方ないか。まあそう、ですね…じゃあ、最初なので軽くいきましょう。
志真、Embrasses-moiって言ってもらえますか?」
「それがフランスの挨拶ですか?あ…あんぶ…あんぶらせもあ?あんぶらせもあ」
英語もギリギリで怪しかった人間なのだからフランス語なんて更に無理。
だけど知冬が望むなら、彼の国の言葉も少しは出来ないと。
「はいもう一度。俺をしっかりと見て、心をこめてEmbrasses-moi 」
「アンブラスモア!」
あ、言えた。たぶん、発音とかその他諸々違うだろうけど。
一番それっぽく言えた。ちょっと嬉しくなってこれでどうですか?と聞こうとしたら
びっくりするくらいご機嫌な知冬の顔が目の前にあった。
あれ?なんで?
「……、行ってきます」
あっさりと唇を奪われて呆然としている間に知冬は出て行く。
「え。え。…え?な、なに?私は一体何を言わされたの?知冬さん!」
まさか卑猥なことじゃないでしょうね?変な心配をしながらもリビングへ戻る。
不意打ちすぎてちょっと動揺しているけれど、親に連絡を入れないと。
あれから音信不通なのでちょっと不味い。両親も心配してくれているだろうから。
『連絡が遅い!何をやってたの!志真!』
「ご、ごめんなさい!」
もう朝の授業が始まっているはず、なので終わったらかけ直してもらおうと
ワンコールしたら即電話がかかってきた。
もしかしてずっと気にしてくれていたのだろうか。びっくりするくらいの大きな声で
母親に怒鳴られるのは久しぶり。
ああ、こんな感じで生徒さんも怒鳴られてるんだろうな。
なんて変なことを考える。
『お父さんなんか警察に行くって聞かなかったんだからね!』
「はい。すいません、ご心配をおかけしました」
『日本も最近は物騒なんだから!夜女が一人で外なんか出たらどうなるか!』
「はい。ごもっともです」
『と。何時もなら怒る所ですが。悪いのは私だから、怒らないであげましょう』
「今散々怒鳴ってたけど」
でもまあ、これ以上のお怒りがなくてよかった。かな。
『家に帰るでしょ?夕飯の買い物一緒にしましょう、志真の好きなもの何でも作るから』
「やった!じゃない。えっと、あのね。私正式に知冬さんと交際をしようと思って」
『そうなの?まあ、そうでしょうね』
「え?」
『彼に大嫌い!なんて言うってことは元は大好きってことでしょ?』
「う」
さすがお母さん、鋭い。