しましまの恋、甘いジレンマ。

知冬さんの苗字、嶋なんだ。

そういえばおばさんがそんな事を言ってたような気がする。
でもそれを聞いたのはあの夜。目一杯泣きじゃくった後で、
それどころじゃなくって全然聞いてなかった。

「志真。…志真。俺を見て」
「見てる」

他に人の居ない待合室に二人きり。
志真の手を握りしめて正面からじっと見つめてくる知冬。
その瞳はよくみたら青いというよりもヴァイオレットに近いかも。
彼の顔が近づくと恥ずかしくてつい目をそらしたりしたから、
逃げなくなった分よく彼の顔を見ることが出来る。やはり綺麗。

あのお父さんも彫りが深い男前といえばそうだ。いかつすぎるけど。

息子とのギャップに頭がクラクラする。

「ほんの15年くらいしたら多分死ぬから。我慢してほしい」
「フォローの仕方が怖いです雑です」
「10年と言いたい所だけど、しぶとそうだから念の為に」
「その前にもうちょっと父親を労りましょう?実父ですよね?」
「わかった。志真、…あれはもう、無かったことにするから」
「お父さんが思ったより怖そうだから婚約解消しようなんて思ってないです」

見た目は危ないお仕事をしてそうな人だけど義理堅いし良い人だった。
それは分かっている。問題はそこじゃない。

「え?そうなんですか?じゃあ」
「シマシマになりたくない」
「可愛いのに」
「可愛くない。この名前でどれだけ私がいじられてきたか」

しましまパンツだのしわしわだのしみしみだの。お子様の知的好奇心を
くすぐってしまう名前。志真だって他の子のような可愛い名前が良かった。
思い余って子どもの頃母親に改名したいと言ったら怒られたっけ。

「志真。確かに最初は君の名前を口にしようとする度にあの父親の顔が浮かんで
少し憂鬱だったのは認める。でも今はそんな事は関係ない、君の名前は可愛い」
「えー…」

何ですかそのカミングアウト。だから契約した後も山田サンって呼ばれてたのか。
彼氏に名前を呼ばれる度に憂鬱になられてたとか。何そのひどい話。

「母の姓を名乗ればいい」
「……フランスの…」

確か、ド・ラ・ファージュだったはず。ということは志真ド・ラ・ファージュ?
似合わない。シマシマも嫌だけどこちらもなんとも言えない。
結婚してフランスで暮らすことになったら馴染むのだろうか。

まだそこまで明確な人生設計は考えきれてないけれど、婚約は大きな第一歩。

「志真?」
「とりあえず名前は置いといて。フランス語頑張って習います」
「語学力は低そうなので無理はしないでいいですよ」
「知冬さんももう少し日本風に空気を読む練習をしないと私嫌いになるから」
「……空気、読む。どうやって?」
「……」

私も努力が必要だけど、彼にも沢山学んでほしいことがある。

私達の未来はまず何処まで歩み寄れるかかもしれない。

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