次期社長の甘い求婚
「聞いていて気分悪かっただろ? ……悪かったな」


そう話す彼は、いつもの彼だ。

だけど、感じ取ってしまう。……無理して笑っているって。

私に余計な心配をかけないようにしているんでしょ?


手に取るように神さんの感情が伝わってきてしまい、胸が痛んで苦しくなる。


エレベーターは一階に辿り着き、ドアが開かれると、神さんは足早に玄関を通り抜けていく。

彼の背中はどこか哀愁が漂っていて、無性に手を伸ばしてくなってしまった。


平気なフリ、しなくてもいいのに。

あんなこと言われて、なにも思わない人なんていないはず。


私が一緒だったから、感情を必死に抑え込んでいるんでしょ? 私のためを思っての行動かもしれないけれど……そんなの、寂しいよ――。


会社を後にし歩道に出ると、やっと神さんの足は止まった。


「美月、なに食べたいか決まった?」


なにもなかったかのように接してくる神さんに、我慢も限界を迎えてしまう。


でもここで私が「無理しないでください」とか、「愚痴ってもいいんですよ?」って言っても、神さんは本音を話してくれないでしょ?


それで話してくれるのなら、なかったかのように接してこないはず。
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