花の形のピアス
掌編
久しぶりの恋をした、と友人が言う。
小さな花の形のピアスが柔らかな光の中で光った。

電話口で、久々に会いたいと言った彼女の口調は穏やかで、そして少し切羽詰っていた。
そういうところも昔のままだと思った。

小さな喫茶店で、彼女は声をひそめる。
密やかな恋を語る。
でもそれは、案外優しい恋で、幸せならよかった、と私は笑った。
「幸せなんかじゃないわよ」
と、彼女は言う。
幸せそうな笑顔で。
満たされた笑顔で。
「とにかくよかったよ」
と、私はもう一度言った。

中年、という年頃だ。紛いもなく。そしてこの位の年齢になって煩う恋は、案外私たちに優しくない。そうか、だから彼女は、私を選んだのかもしれない。
いずれにしろ、彼女が幸せそうに笑っていて、花の形のピアスが彼女によく似合っていることが私は嬉しかった。

「業者さんなんだけど」
と彼女ははにかんだ。彼女はファミリーレストランのウェイトレスをしている。

「何曜日って決まっているわけじゃないの。だから、いつ会えるか分からないのよ。いつ会えるか分からないってことは、今日かもしれないし、でも、今日も明日も会えなくて、明後日も会えないってことだってあるの。」

「バレンタインデーがあったじゃない?」
と彼女は両手を前に組んで小さな体を揺すった。
「おっと!あげたの?」
と私が茶化すと、そら、そうきた、という笑顔で
「あげたのよ。友達に配った残りで悪いんだけどって、言って、本当は彼のために作ったんだけど。」
「ラッピングも凝ってたり?そんなんじゃ『残り物』じゃないってバレバレなんじゃない?」
「バレたっていいのよ、そこは。ただ、ほら、言い訳は必要なのよ」
「そうね。『言い訳』、ね。」

たくさんの言い訳を積み重ねて、そういう風にしか恋をできなくなることを、私たちが出会った頃には思いもしなかったのに、まるで当たり前のようにそうやって語る彼女は、でも、やはり幸せそうにしか見えなかった。

「どうぞ、って言ったら」
「ふんふん」
「ちょっと困った顔してた。」
「あら、ま。」
「でも、本当に困ってたんじゃない。」
「うん。」
「と、思う。」
「と、信じたい。」

そこで私たちは女学生だった頃のように笑った。

「そしたら彼がね。」
「うんうん。」
「『じゃ、はんぶんこにしましょう』って言ったの」
「おお、いいね、ハンブンコって言葉の響きがいいのよ」
「そうよね。私もそう思った」

はんぶんこ、という言葉が、どれほど魅力的なのか、私たちは恋をするといつでも思い出す。ほんの小さなチョコレートの欠片の、甘さも苦さも、あるいは、楽しさや切なさといった形のないものまで、「ハンブンコ」という言葉で何もかもを片付けてしまうことができるのは、恋をしている人たちだけだ。

赤い絨毯の上で真っ白いドレスを着た日に、遠い未来まで何もかもをはんぶんこにして生きていこうと誓った者達ですら、いつの日か気づけば、手放している──いや、そうではなくて、手が、届かなくなるのかもしれない。

「はんぶんこにしたの?」
と私が尋ねると、彼女は得意げに小鼻をひくひくさせて「うん」と言った。
彼女が首を傾げると、通り側の窓から差し込む光が彼女のピアスに当たる。
彼女の花の形のピアスは、ちょうど陽の光と同じ色をしている。
柔らかく、優しい。
穏やかで、眩しい。
花びらをひとつひとつ、視線で辿る。
上から右へ、下へ、左へ、上へ。
時が過ぎていくように。

「そこだけが、彼のいる、そこだけがまるで、光が差しているみたいにぱぁっと、輝いているのよ。」
と彼女は手を広げた。
私は頬杖をついたまま、うんうん、と、頷いた。



───「花の形のピアス」終わり
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