レーザービームの王子様
……そんなはずない。

そう思いながら背後の人物に目を向けた私は、とっさに言葉が出なかった。



「よ。おねーさん、仕事帰り?」



片手を挙げてそんなふうにふざけて見せるその人。……声から予想した通り、どういうわけか、こんなところにいるはずのない久我さんで。

少し遅れ、なんとか言葉をしぼり出す。



「な、なにやってんですか、久我さん……」

「はは、ひでぇなその言い草」



私のセリフに、彼は可笑しそうに笑う。

ラフな白いTシャツにジーンズ。顔バレ対策かキャップと黒縁メガネで一瞬わかりにくいけど、目の前にいる人物はまぎれもなく久我さんだ。

動揺したままバットを元の位置に戻し、緑色のネットをくぐって打席の外に出た。



「おー、お疲れー」

「お疲れさまです……え、なんで? え?」

「はは、混乱してる」



見下ろされながら笑われても、状況が飲み込めてないんだから仕方ない。

「とりあえず座るか」と言う久我さんに誘導されて、近くのベンチに腰かけた。

あたりはバッティング音がひっきりなしに鳴り響いているから、私たちの話し声を気にする人もいないだろう。



「このバッティングセンター、俺の大学の先輩の実家なんだよ。だから、今もたまに来るんだ」

「へー……そう、なんですね」

「うん、そう。で、今日はオフだから久しぶりに来てみたら、すみれがいたから驚いた」



久我さんはそう言うけど、私の方が絶対驚いた。

だって、柴咲さんとあんな話をした後で。……お兄ちゃんと、同じセリフで。
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