レーザービームの王子様
……許さない。そんなの、許さない。

そんなことに、私のお兄ちゃんを引き合いに出さないで。


この人とお兄ちゃんがどんな会話をしていて、どんな関係性だったかなんてわからない。

それでもお兄ちゃんとの思い出が、そんな暗いものになってしまうなんてありえない。


だって──……だってあなただって、橙李お兄ちゃんのことが、大好きだったんでしょう?



「──……じゃあ、」



びく、と、彼の肩が揺れる。

たぶんちゃんと、私の声が聞こえた証拠。プリーツが乱れてしまうことも構わず、ぎゅっとスカートを握りしめながら続けた。



「そんなに償いたいなら……っお兄ちゃんの代わりに、あなたがプロ野球選手になってよ……!!」



……今は、仕方ない。それでももっとずっと未来に──お兄ちゃんのことを思い出したとき、この人が悲しみに囚われてしまうことは嫌だ。

あなたのせいじゃない。だから、ちゃんと前を向いて。できれば橙李お兄ちゃんの分も、野球をして。

お兄ちゃんの、夢を叶えて。


自分勝手で、卑怯なわがまま。だって彼の立場で、死んでしまった橙李お兄ちゃんの妹である私の言葉に首を振ることは難しいはずだから。

だけど、このときの私はそれに気付かない。

そしてただ、純粋に願っていたのだ。お兄ちゃんの意思を継いでくれる存在と──自分の好きなものを諦めようとしているこの人が、また笑顔で、野球ができるようになることを。


大きな声を出してしまったからか、さらに呼吸が荒くなった。

もう、身体が重すぎて立っていられない。それでも目の前にいる人物がゆっくりと顔を上げたから、私はその場に踏ん張って彼を見下ろした。



「……うん、」



うなずいた彼の目元は、涙のせいで赤い。

けれど、さっきまでとは違う。意思の灯った、強い眼差しだった。



「わかった。……必ず、なるよ」



迷いのない言葉。その答えに安心して、私は笑ったと思う。

彼は一瞬驚いた顔をした後、同じように小さくぎこちない笑みを浮かべた。


深々と礼をし、彼は部屋を去って行く。

それからすぐに私は倒れ──……そのまま数日間、熱にうなされることになる。
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