レーザービームの王子様
「はああああもうやってらんないわーっ!」
10日分の幸せが逃げるんじゃないかってくらいのため息とともに、私は馴染みの居酒屋【むつみ屋】の引き戸を勢いよく開けた。
今日が水曜日といえど、普通のサラリーマンなら定時を2時間はまわっている時間帯である店内は賑わっている。
紺色ののれんをくぐってずんずん店内に進んでいくと、カウンターにいた大将が私の顔を見て笑顔を浮かべた。
「いらっしゃい、すみれちゃん! 今日はいきなり荒れてるなー」
「むっちゃんこんばんは! ちょっともー聞いてよ~!」
勝手知ったるなんとやら。私はここの大将である六実(むつみ)さん、通称むっちゃんの目の前のカウンター席に迷いなく腰をおろした。
そのタイミングで再びお店の引き戸が開かれ、私と彼はそろってそちらに顔を向ける。
「こんばんはー。すみれおまえ、俺を置いて先に行くなよ」
呆れたような声音とともに入って来たのは、かっちりしたスーツ姿の男。
ヤツはあたりまえのように私の隣りの席へとどっかり座り、ブルーのネクタイを緩めながら「むっちゃん、とりあえず生ね」とさっそく注文を済ませる。
「はいよー、今日はふたり一緒だったんだね。すみれちゃんもビールでいい?」
「ありがとむっちゃん。ついでに砂肝とイカの七輪焼きもお願い~」
「了解」
頭に巻いた青いバンダナがトレードマークのむっちゃんはニッと歯を見せて笑うと、私たちに背を向けてビールサーバーを操作し始めた。
何気なくその後ろ姿を眺めていたら、なんだか左側から不躾な視線。
「……なに、総司(そうじ)。その物言いたげな眼差しは」
視線の主が誰かなんてわかりきっていながら顔を向けてみれば、予想通りものすごく残念なものを見る目をした幼なじみがいて。
自分にとっていい答えが返って来ないことは知っていても、一応訊ねてみた。
「いや。相変わらず、頼むおつまみもおっさんくさいなって」
「余計なお世話だバカ総司」
「バカにバカって言われたくねぇわバカすみれ」