レーザービームの王子様
「ねぇ、すみれ」

「ん? なぁにお母さん」



すでに冷めかけた紅茶のティーカップを両手で持ちながら、小さく首をかしげた。

頬杖をついて目の前に座るお母さんはやわらかな笑みを浮かべ、私を見つめている。



「すみれも年頃なんだし。そろそろ結婚を考えるようないい人はいないの?」

「ぶっ」



私が反応するより先に、こちらから見て左斜め前に座っているお父さんがコーヒーを吹き出しかけた。

ゲホゲホと咳き込むお父さんには一度哀れみの眼差しを向け、改めて正面のお母さんを呆れ顔で見返す。



「お母さん……好きだね、その話題」

「だって私、早く義理の息子と孫を見たいんだもの」



あくまでにっこり笑顔のマイマザー。プレッシャー感じるから、そういうのやめて欲しいんですけど。

私はカップの底でゆらめく飴色の液体を飲み干し、キッパリと言い放った。



「残念ながら、今のところそんな予定はこれっぽっちもございません」

「えー」



お母さんは不満顔だけど、横のお父さんはあからさまにホッとした表情をしている。かわいいなお父さん……。

するとそこでお母さんが、ふふっと笑みをこぼした。



「橙李は、どうだったのかしら。もし生きてたら……もう結婚して、もしかしたら、子どももいたかもしれないわね」



目の前のコーヒーカップに視線を落とすその表情は、まるで、古いアルバムを眺めているかのようなやさしいもので。

少し考えた後、私はわざとらしく真面目くさった顔で、静かに首を横に振る。



「いや、ないね。シスコンなうえあの根っからの野球バカは、絶対まだ結婚できてないと思う。むしろ彼女の存在も怪しいと思う」



言いきって、堪えきれずに吹き出した。

目の前にいる両親たちも、つられてくすくす笑っている。

今はいない兄の話をする私たちの間にあるのは、穏やかであたたかな空気。

……こんなふうに、あの人の話ができるようになるまでは。とても、たくさんの時間が必要だった。
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