レーザービームの王子様
……えーっと。

ねぇこれって、やっぱりマズい状況だよね? いい歳した(たぶん)ひとり暮らしな男性の家に、若い女がひとりでついて行くって。

たとえばの話。万が一ここで私が久我さんに何か変なことされたとしても、文句言えないような……。


いや、うん、でも。万が一どころか、億が一にも、それってありえないし。

だってほら、相手は引く手あまた選り取りみどりのイケメンプロ野球選手よ? いくら手を伸ばせば届く距離にいたところで、まっさか私みたいな居酒屋でケンカふっかける系おっさん女子に食指が動くとは思えないな。

うん、大丈夫。いくら久我さんと私が生物学的に若い男女といえど、間違いが起こるなんてありえない。

だから、平気。このまま久我さんと一緒にいたところで、問題なんて何もない。無事彼を部屋に送り届けて、今度こそミッションコンプリートだ。


頭の中でぐるぐる考えているうち、エレベーターが目的の28階に到着した。

軽く久我さんの腕を掴んで申し訳程度に支えながら、広い廊下を進んで行く。


うう、緻密に管理されたアスリートの身体に触るのって緊張するんですけど……。

でも久我さん、触られるの嫌がらないんだなあ。意外とそんなもの?


それから、ようやくたどり着いたダークブラウンのドアの前。久我さんが迷わず足を止めたから、ここが彼の部屋なのだろう。

もはや何の遠慮もなく、久我さんのおしりのポケットから財布を取り出してカードキーを抜き取った。

ロックを解除して、ドアを開けて。

そうして私は、玄関の中にぐいぐいと久我さんの大きな身体を押し込む。



「よかったですね、お家に着きましたよー。それでは、私はこれで──、」



広い背中を押しながら、ああこれってもしご近所さんとかに見られたら激しく誤解されそうな絵だよなあなんて、頭の片隅で考えていて。

だから、私は──目の前の人物が不意にこちらを振り向いたとき、とっさに反応することができなかった。
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