レーザービームの王子様
久我さんが身体ごと振り返る。私の右手首を掴む。そのまま引き寄せられる。

思いがけなく玄関の中に足を踏み入れてしまった瞬間、背後でドアが閉まる。



「……え……」



状況を理解できず、至近距離にいる相手の顔をぽかんと見上げた。

久我さんは私の手首を捕らえたままもう片方の手をドアにつき、自分の身体で囲い込むようにこちらを見下ろしている。



「く、くがさ、」

「………」



何も言わずに、ただ黙って、私を見つめる久我さん。

アルコールのせいか、その瞳がやけに熱っぽく見えて。胸を焦がすような眼差しに、不可抗力で頬が熱くなっていくのを感じた。


──うそ。

うそでしょ、まさかほんとに……だ、男女の間違いが、起こってしまうパターンですか?

待って待って待って。私、そういう方面の経験ほんとゼロなんだってば。いきなりそんな展開になっても、マ、マナーとかよくわかんないし。


このときの私はどうしてか『嫌だ』という感情よりも、ただひたすら『どうしよう』という思いが頭の中を占めていた。

混乱の極みにいる私の肩口へ、久我さんがぽすんとひたいを乗せた。

水をかけられて驚いた猫みたいに、私の身体がはねる。



「……ッ、」

「……すみれ、シャンプーのいいにおいする」



すん、と鼻先を私の首筋にあてながら、久我さんはつぶやいた。

彼がしゃべるとむき出しの肌に息がかかって、熱い。

思うように身体に力が入らず、私はもう、ひざから崩れ落ちてしまいそうだった。
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