毒舌王子に誘惑されて
2.郷に入っては、郷に従え
「葉月君。 私ね、ちょっとだけ、ここでの仕事も頑張ってみようって前向きな気持ちになってたの。 嘘じゃないのよ」


「何が言いたいんですか、美織さん」

もうすっかり見慣れた冷たい瞳が呆れたように私を見る。


「やっぱりダメかも知れない。 私、向いてない気がする」


「別に止めませんけど、30過ぎての転職活動は厳しいんじゃないですかね?」


「30過ぎとか、はっきり言わなくていいから・・」


「アラサーとかって便利な言葉で誤魔化してると、現実見れない痛い女まっしぐらですよ」

彼の毒舌にもすっかり慣れたつもりだけど、今の言葉はなかなかの攻撃力だ。
私は持っていたペットボトルをぎりぎりと握り締める。

「ーーだって、今日で何日目よ!? マンション前に毎日毎日張り込んで・・・
もうマンション入る全ての人が京堂 忍に見えてくるよ〜」

「強い願望のあまり幻覚が見えてくるんですよね。この仕事してれば、誰もが一度は通る道なんで平気ですよ」


葉月君は缶コーヒーを片手に恐ろしいことをさらりと口にする。


例の女子アナ不倫疑惑を追いかけて、私達は来る日も来る日も深夜までミニバンに閉じこもっていた。

今日もお夕飯はコンビニ弁当。


冷め切ったコンビニ弁当も睡眠不足も我慢できるけど、何の成果もない。
いつ成果が出るかもわからないっていうのはかなり辛い。


「刑事ドラマなんかだと、3日目くらいで何らかの進展があるのになぁ」

冷たいご飯をボソボソと咀嚼しつつ、愚痴をこぼす。

「そりゃあ、延々と何も起きないドラマなんて誰も見ないでしょ」
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