毒舌王子に誘惑されて
「送っていきますよ」

葉月君はそう言って、駅に向かって歩き出した。

大丈夫、送ってもらう程遅い時間じゃないよ。
そう言おうと思ったけど、言葉が出なかった。

私の家の最寄駅で降りるまで、私達は車内で一言も口をきかなかった。

知らない人にはケンカ中の険悪なカップルに見えたかも知れない。



私のマンションは駅からすぐなので、あっという間に着いてしまう。

何か言わなきゃ。

ご馳走してもらったお礼と、またね でいいのかな。
あれ?また誘って欲しいって言ってるみたいで図々しいかな??

碌に働かない頭で考えても混乱するばかりだった。

私が何も言えないでいると、それじゃと言って葉月君が踵を返してしまった。
私は慌てて葉月君のシャツの裾を引っ張って、引き留める。

「なに? もしかして、名残惜しいとか?」

葉月君は振り返ると、冗談めかしてそう言った。

「えっと、違くて。 いや、違わないんだけど・・」

私は相変わらずパニック状態だ。
お礼を言いたいだけなんだけど、名残惜しくない訳でもない。

「じゃ、泊まってっていいですか?」

今度は真顔でそんなことを言う。
冗談なのか本気なのかわからないから、タチが悪い。
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