毒舌王子に誘惑されて
「あれ?やだ・・」

私の瞳からはボロボロと大粒の涙が溢れて、頬を伝っていた。

裕司と別れた時は涙なんて少しも出なかったのに、何で今さら・・

事あるごとに泣くような弱い女にはなりたくないって思って生きてきたのに、葉月君はどうしてこんなに私の涙腺を緩ませるんだろう。

いつの間にか私達の間にあった距離は縮まっていて、目の前に葉月君が立っていた。

視線が絡み合う。

葉月君は寂しげな瞳で見た事ないくらいに優しく微笑んだ。


「どっちも大事だって正直に言えばよかったのに。 馬鹿だね、美織さんは」

いつかと同じように、服の袖で私の涙を拭ってくれる。

「うん、ほんとに馬鹿だった」

私は泣きながら、頷いた。
涙は止めどもなく、流れ落ちていく。


「まぁ、でもまだ間に合うんじゃない?
あの人きっと今も美織さんのこと想って
ますよ」

「え??」

見上げた葉月君は、もう別人のように纏う空気が変わっていた。
冷めた眼差しで、軽薄な口調で言う。

「俺とのことは、なかったことにしていいですよ。
今までも、これからも、 俺たちはただの同僚で、それ以上でも以下でもないってことで」

私が引き止める間もなく、葉月君は行ってしまう。

私は呆然とその場に立ち尽くした。

葉月君が好きなら、今、追いかけないといけない。

それはわかっているのに、私の足は地面に張り付いたように一歩も動かなかった


この後に及んでも、自分の気持ちに自信が持てない。

誰かを傷つけることも、自分が傷つくことも、怖くて堪らない。

私は恋をすることが怖いんだ。
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