藍色の瞳






触れているのは新






腰に手を回しているのも、唇を押し付けているのも新






…ねぇ、新






貴方、こんな軽い人間だったの?





相手の同意なく無理やり口付けを交わせるような…






「…っ!」






抵抗せず、冷静にされるがままの状態でそんなことを考えていた私






でも、そこまで考えた時、ある男の記憶がふっと横切った






「…やっ……やめて!」






「…おい」






ドンッと新の胸を両手で突き飛ばし、急いで離れる






「さ…いあく」






その衝撃でボロっと瞳に溜まった涙が零れ落ちた






「那夏…」






傷ついた表情の新はアイツとは違う






その態度を見て少しは落ち着いたものの、一度蘇った苦い記憶は簡単に消えてくれない






ゆっくりと伸びてくる新の手が視界に写った時






「…!おいっ」






くるりと方向転換した私は全力でその場から走り去った






「那夏!」






“逃げようとするものは追いかけたくなる”






それが新の習性なのかもしれない






「来ないで!」






「っ!

悪かったって!」






……ごめんなさい






新を拒絶したんじゃないのに






いつもいつも新と仁を重ねてしまう自分が憎い…






「…お願いっ…

追いかけてこないで…」






「那夏…」






独りになりたかった






だからBARに行った






そこに新が来た






独りになりたかったはずなのに、なぜかいつもより安心した






なのに、また独りになろうとしている






全部…自分がまいた種






ガッ






凸凹した道をがむしゃらで走り抜けていたら、いつかはつまづくもので






「……!」






ゆっくりと傾く身体に昼間のことを思い出す






大好きな人に優しく受け止めて貰えるなんてどんなに嬉しいことなんだろう






この先の私の運命は、顔面を強打して膝を擦りむきボロボロになる選択肢しかないのに…






「那夏っ!」






聞こえた新の声も小さく、すこし離れた所にいるのが分かる






せめて…綺麗な格好で帰りたかった…






そんなくだらないことを考えながら襲ってくるでだろう痛みに強く目を閉じた






「……っっ!!!!」






「那夏…大丈夫か!?」






……






「おい…お前、立てねぇーのか?」






……






「おい、答えろ」






……うるさい…なぁー






肩を両手で掴んで揺らしてくる新のせいで痛みが増す






「…新…離れて?」






「…っ」






無理矢理の笑顔を向け、新が離れたのを確認したあと自分の姿をまじまじと見つめる






「…派手に転んだなぁー」






擦りむいた腕や足には血が伝い、薄い生地の服は所々破れている






打ち付けた腰は少し動かすだけでズキッと痛み






「あ…」






ヒリヒリした頬から温かいものが流れてきたと思ったら、ポタっとコンクリートに赤いシミを作った






「お前…やばいぞ」






「大丈夫でしょ」






「……悪かった」






「何、謝ってるの?私が勝手に転んだのに」






「俺が追いかけなかったら…」






「そんなこと言ったら私が逃げなかったら転ばなかった」






「でもな…」






「もう…うるさいよ」






「……」






はぁーっとため息を吐くと黙り込む新






「…助けに来てくれるわけ…ないのにね」






「は?」






「…何でもないよ」






まだ期待していた私がいた






でもその期待は応えてもらえなかった






「BAR、戻るか?」






「…ううん。帰る」






「そうか…」






「うん」






「いつまで座ってんだ?」






「ん?
あぁ、人もいないしもうちょっと…ね?」






「アホだろ…」






「そうだね」






ははっと笑い視線を下げる






立たないんじゃなくて立てないんだよ






強打した腰が痛すぎてね…






もし立てたとしても、次は足が言う事を聞いてくれなさそうだし






「新…帰らないの?」






「はぁ?お前バカだろ
お前置いて帰ると思うなよ?」






「…私は新がここから居なくなるまで動かないよ?」







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