藍色の瞳
×新side×
「蜜っ」
確かにそう聞こえた
繁華街に響いたその声は、普段では考えられないほど焦っていて
(蜜って…誰だよ)
不思議に思わないわけがなかった
人通りの少ないこの通り
俺の視界に映っているのは3人だけ
明らかにこちらへ向かって走っている若
目の前でボロボロになり座り込んでいる那夏
そして若の後ろからゆっくりと歩いて来る兄貴
俺は若の方に視線を向けて固まったまま動けなかった
でも、すぐ近くで絞り出される様に発された掠れた声が聞こえ我に帰る
「柊雅…さん」
「…っ!」
それだけですぐに理解出来た
でも、俺の頭の整理が追いつく前に二つの影は重なる
『まさか若が女の子に触れる日が来るなんて思わなかったよ』
……いつか兄貴が電話で報告してきた言葉が頭をよぎった
「…お前は転ぶのが趣味みてぇーだな」
「な…なん…で…~~っ」
「受けとめてやれなくて悪かった…」
……こんなの…
俺が入る隙ねぇーじゃん
若は那夏の頭に顔を埋めているというものの、抱きしめる腕にはかなりの力が入っていて
那夏が若にとってどれだけ大切な存在なのか聞かなくても分かる
一方さっきまでどこか冷めた表情だった那夏も、真っ赤に染まった顔で目に涙を溜め“女”の顔をしていた
…そう、俺といる時には1度も見せなかった顔
なぁ…那夏
俺と初めて『Licht』に行った時、お前は若と関わってなかったよな?
なのにこの短期間の間何があったんだよ
あの若をどうやってここまで堕としたんだよ…
ただただ見ていることしか出来なかった俺は、その2人の邪魔をしなかったわけではない
出来れば若の腕の中から、泣きじゃくった愛しい女を掴み出しこの腕の中に収めたかった
でも…2人の世界に入る事なんて出来なかった
「触らないでよ…っ」
「蜜」
1度は拒絶した彼女の本当の名前であろう“蜜”という言葉を発した若の声は
俺でも全身震えてしまいそうなほど甘く優しい声色だった
「……」
ゆっくりと若の後ろで2人を見守る兄貴に視線を向ける
「……まじかよ」
俺の視線に気づいた兄貴がジェスチャーで伝えてきたのは
『帰ったら1発殴る』というメッセージだった