(短編集)ベッドサイドストーリー・2


 原チャリのタイヤを直すには、次の給料日を待つ必要がある。

 というわけで、翌日も僕はいそいそとプラットホームに上がっていく。混雑するホームにざわざわと忙しない空気、それも昨日とは違って新鮮で刺激的に感じるようだった。

 あの人はいるだろうか。

 出勤電車なのだとしたら、普通は同じ電車の同じ車両に乗るよな。そう考えて、僕も昨日と同じ電車を使うことにしたのだ。

 ドキドキしていた。あの人はいるかな、そう思うだけで、体温が上がるようだった。

 まさかまさか、これって一目ぼれってやつなのだろうか?そんなことを考えて自分であわあわする。

 目をあちこちに動かしてあの人を捜す。茶色の髪、それからあの香り・・・。

 ふと、鼻先を何かがくすぐった。

 僕はハッとして振り返る。

 目の前に、昨日のあの人がいた。

 今日もまっすぐに姿勢を正して歩いていく。混雑したホームで人をよけて歩くために僕の後ろを通り過ぎ、そのために香りが僕に届いたようだった。思わず鼻孔を全開にして香りを吸い込む。格好悪い顔だったと自分でも思うけど、仕方がない。僕はそれほどに一瞬で「もったいない」と思ってしまったからなのだ。

 あの人の、素敵なふんわりした香りが消えてしまうのを。

 僕の毎日が、変わりつつあった。

 周囲が、主に家族が「どうしたの?」と口に出して言うくらい、とにかく原チャリボーイだった僕はひたすら電車を使うようになり(会社に原チャリ通勤がバレてヤバイって言い訳した)、駅まで歩く上に階段の上り下りで鍛えられた足腰が丈夫な体を作ってくれた。


< 13 / 67 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop