(短編集)ベッドサイドストーリー・2
シュッと痩せた体。それから、ホームで見詰めるあの人と目があった時用にとそれなりに頑張って洒落た格好。会社で制服がある僕は、今までは快適性重視のパーカーにジーンズ、キャップといういでたちだったのだ。それがジャケットを羽織ったりスラックスになったりもしたし、ジーンズをはくのでも上等のものに変えたりもした。腕時計を嵌めてみたり、鞄を新品にしてみたり。
あの人から香るのが何の匂いが知りたくて、妹の誕生日プレゼントを選ぶという理由をこしらえて香水売り場にまで行ってみたりした。アレコレ嗅いで、鼻がもげそうになったりもしたのにあの香りは見つけられない。僕はかなりガッカリして香水店をあとにしたのだ。
そんな日々が3ヶ月は続いた。
今ではあの人だけではなく、毎日僕が乗る電車の「いつものメンバー」の顔すらも覚えている。
ちょっと不思議な感覚だった。こんなことでも一人じゃないんだ、って気がついたというか。ホームにくれば会える数々の人々。自分がその一員になっているってことがえらく不思議だった。目と目で確認しあう。いつもの時間でいつもの電車だと。あ、あの男の人今日は機嫌良さそうだな、とか、いつもは新聞なのに今日は携帯を見ている、とか、そういうことが。
そして、同じ一日が始まる。
あの人の顔はバッチリ覚えてる。もう香りだけでなく、後姿、首筋にあるホクロ、その白い肌やいつも右手首につけている金の細いブレスレットも覚えている。