(短編集)ベッドサイドストーリー・2
思わず振り返って、自分の後ろに誰か他の人がいるのかと確認する。自分だと思って手をあげてみたら違う人に対する挨拶だった、なんてことになったら恥かしくて死ねる。そんなことになったら悲惨以外の何者でもないぞ、そう思って。
だけど、そこには僕の方向を見ていると確信できる人はいなかった。
くるりとまた前を向く。まだあの人は僕を見ている。
・・・・あれ?もしかして・・・。
歩いて近づき、間抜けな声で自分を指差した。
「あの、僕ですか?」
あの人が、くすりと笑った。
「そうです。よく目が会うから・・・挨拶なしだと気まずいな、と思っていて。急にすみません」
ぼっと顔に血がのぼるのが判った。
僕にだったんだ!挨拶してくれたんだ!!
それは強烈な快感となって僕の体を駆け巡る。ちょっとかすれてしまった声で、それでも急いで挨拶を返した。
「いえ、あの・・・ありがとうございます。お、おはようございます」
「おはようございます。毎日混んでますね、電車」
彼女がもっとしっかりと笑った。
急に汗をかいてきて、無意識に両手を握り締める。うわ~!と思った。何故かどうしてか、僕はあの人と話している!!
「大変ですよね、ラッシュだから」
「ええ」
憧れて、数ヶ月見ているだけだった人と会話をしているのが信じられなかった。ざわざわと騒がしい周囲の騒音が、どこかへ消えてしまったみたいだった。