(短編集)ベッドサイドストーリー・2
冬の間は、原チャリでは辛い。それは原チャリボーイだったころの僕でもそう考えていた。完璧な防寒着でぐるぐるに巻き込んで、それでも寒風をつっきって通勤していたけれど、今年は諦めて電車にすることにした。
あの人に会えなくなったと理解してから、2ヶ月は原チャリに戻ったけれど、すぐ運動不足にもなったから電車に戻したのだ。
彼女には会えないけれど。でも、覚えていたかったから。
あのドキドキと喜びを覚えていたかったから。
ホームの上、いつもの喧騒。ほぼ同じメンバーが、今日もきっちり同じタイミングで現れては同じ立ち位置にむかって進んでいく。
前のサラリーマンが新聞を器用に畳んで、マスクの中で咳をした。
インフルエンザが流行っていた。僕の会社でもマスクの着用が敢行されていて、鞄の中にもデスクの中にも用意してある。勿論人ごみの中である電車では、つけることにしていた。
乾燥した冬の空気に、喉の渇きを覚えていた。マスクで覆われた口の中にハーブキャンディーをいれたくて、僕はコートのポケットの中を探る。先日職場の女性の先輩から貰った飴がまだあったはずだ。
指先でそれを見つけて、コートから取り出す。それを口にいれようとしてマスクを外したとき────────ドン、と結構な振動が体にきた。
ぶつかられたのだと判った。
しかも、その反動で指先でもっていた飴が袋から転がり落ちてしまった。
あ。
飴はコロコロとホームに並ぶ人達の足元を駆け抜けて、吸い込まれるように電車のレールへと落ちてしまう。