(短編集)ベッドサイドストーリー・2
「お、お久しぶりです。あの・・・旅行ですか?」
あの人はパッと花が開くように笑うと、いえいえ、と首を振る。
「最近まで色々あって・・・今、転職して引越し前なんです。それで持っていける荷物をちょっとずつ運んでまして」
へえ!
目の前が一気に晴れた気がした。
転職に引越し!そりゃあ忙しかったわけだよね。だから通勤電車にいなかったのか!って。
わけは判ったけれど、その後一瞬で暗い気持ちになってしまった。・・・引越し。ってことは、もうこの駅は使わないのだろうか?
ドーンと気分が落ち込んだ。折角会えたのに、また目の前から消えてしまうのだろうか。
「じゃあ、もうここは使わないんですか?」
気がついたら聞いていた。
彼女は一瞬びっくりした顔をしたけれど、ちらりとホームに目を走らせてから、ゆっくりとこう言う。
「・・・あの、会社に行かなくて大丈夫なんですか?」
いつも僕が乗っている電車はついさっき出てしまったところだった。気にしているのだろう、困ったような顔をしている。だけど僕はそれどころじゃなく、焦った気持ちで首を振った。
「大丈夫です!今日は・・・ええと、休日出勤なので、時間は決まってなくて。ついいつも通りに出てきてしまったんですが」
勿論嘘だ。だけど僕は必死だったのだ。今、ここで彼女との会話を逃してしまうと、今度は本当にもう2度と会えないかもしれないのだから。