(短編集)ベッドサイドストーリー・2
だけど、ある時。大雨の朝にまた一人で泣きそうになっていた私は、ハッとしたのだ。都会の中ではどこで泣いても目立つけど、ザンザン降りしきる雨の中で、傘の中なら誰にも気づかれないって。そして、化粧だって水玉で洗い流せるし、そのまま泣いていたって平気なんだって知ったのだ。
最後に手の平でぐいぐいぬぐってしまえばいいんだ、って気がついた。
その気楽さが、当時の私を救い、鬱陶しいばかりだった雨を楽しいものに変えていた。
私が住む独身者用アパートは、郊外の田んぼが点在する場所に立つ。周囲は全部水田で、真ん中に一棟だけポツンと3階建てのアパートが立っているのだ。お陰で風通しも日当たりも全室良好。しかも田舎だから、静かで安い。
だから都会に勤めながらも田舎暮らしののんびりした雰囲気も楽しめるわけで、私はここがかなり気に入っている。第一、いつも都会ではフルメイクで体にぴったりするスーツを着ている私が、大きめのシャツと短パンにすっぴんで歩いたって、会社の人間に見付かる恐れがないのだから。こんな田舎に住んでいるのは私だけだろう。まあ、他の人の住所など気にしたことはないのだけれど。
ここにいれば、普段の私を知っている人には誰にも気づかれることなく、素の私を出せるのだ。
酷い失恋をして気弱になっていた私は、ゆるりと守ってくれるものが必要だったのだろう。攻撃的でない、元の自分に戻れる環境が。
雨の日って素敵。
私は今日も、鼻歌まじりに外出して、傘にあたる雨の音を楽しみながらあぜ道を歩いていた。